校長室ブログ

2026年7月の記事一覧

7/13 プチ史跡巡り2&「こんなものを読んできた45」

 この土・日は雨の多さはそのままに気温が30度を超えて来て、じっと座っているだけなのに汗が止まらない感じでした。学校の方はいよいよ学期末モードです。

 久しぶりにプチ史跡巡り2をお送りします。このブログは最近どうもインドアな話題が多い気がします。前任校のブログなどを見返すとすごくアクティブに外に出ているし、本校に来てからも一昨年当たりの記事もかなりアウトドアな話題があるのに。この1年くらいはめっきり室内にこもりがちです。仕事の都合もあるのですが、やはり気力・体力の衰えが大きいのかもしれません…。

 今日は先週、久しぶりに歩いてきた羽生の周辺をご紹介します。以前もこのブログでは、羽生の毘沙門堂古墳などを紹介しているので、羽生編はこれが3回目でしょうか。

 羽生は江戸時代から藍染の布の産地として有名で、明治以降も繊維・衣料産業が盛んだったところです。日光街道の宿場ではないはずですが、「プラザ通り」と呼ばれている通りなどには、宿場町のような面影があります。近隣の藍や木綿の集散地として栄えていたのでしょう。この街を舞台とした田山花袋の「田舎教師」にも、上京して文名を上げてやろうという野心に燃えた若者たちがいた様子が描かれています。

 そんな歴史のある街ですから、駅の周辺の住宅地にもちょっと歩いただけで、地蔵様、布袋様、宝登山神社の分社(写真上から)などのお堂や祠があります。こういうものが大事にされているのを見ると嬉しくなりますね。

  またこの近辺には木造の工場の建屋が建っているところがあります。おそらく昭和の戦前か戦後まもなくに建てられたと思われる体育館のように大きくて、採光を重視した大きな縦長のガラス窓がたくさん付いているすごいカッコいい建物です。どう見ても個人住宅の敷地内なので、踏み込んでいくわけにもいかず、写真を撮るのもはばかられますが、何とかしてそのうち見学させてもらえないでしょうか。

 市街中心部、プラザ通りの和田百貨店さんと羽生市民プラザの間には、こんな銅像が立っています。

 これはだれかというと清水卯三郎(1829-1910)と言う人です。この人は今放送中のNHKの朝の連続ドラマ「風、薫る」にも登場しています。日本橋で海外から輸入した商品を手広く扱う『瑞穂屋』の主人で、主人公の女性二人にチャンスを与えるナイスな紳士という役どころです。

 実際の清水卯三郎も、幕末には薩摩藩とイギリスが戦争になった時に和平交渉の通訳として活躍したり、パリの万国博覧会では日本風の茶店を開店して人気を集めるなど活躍しました。明治になってからも上記の輸入雑貨店を経営したり、勧業博覧会を開いて海外の文物や技術の導入に努めるなど、日本の産業近代化に貢献しました。

 今回のドラマにあたっては、卯三郎を演じる坂東彌十郎さんが羽生市を訪問するなどのイベントはあったようですが、今一つ盛り上がりに欠ける感じです。渋沢栄一に比べると大物感がないかもしれませんが、こういった人の働きがあって日本の近代化が成功したのですから、もうちょっとこの機会に有名になってもいい人物だと思います。

 「こんなものを読んできた」再開後の2回目は、ニーブン&パーネル「神の目の小さな塵」です。こんなものを読んできた45web.pdf

 最近は高校生でSFが好き、という人はあまり見かけませんが、私が高校生の頃は部活で「SF研究会」が珍しくないほど、SFと言うのは任期のジャンルでした。ニーブンとパーネルのコンビも当時は、ハードSFの代表作家として有名でした。今読んでも十分に面白い作品です。

  

 

7/6 「夏は暑くなったか?」

 学校の方は今日で1学期の期末考査が終わり、明日からは答案返却や成績処理などが始まります。

 今年の梅雨は本当に雨がおおいですね。そのせいであまり暑くなくて(湿度はうっとうしいですが)助かりますが、天気予報では、今週の後半あたりから、猛烈に暑くなると言っています。熱中症に気を付けましょう。

 昔を思い出してみると、私が小学生だった半世紀前には夏休みでも朝夕は涼しく、朝は早起きしてラジオ体操、その後は暑くなる前に宿題や勉強をしましょう、と言われていました。昼間はもちろん暑かったのですが、エアコンのある家などは少なく、網戸と扇風機でしのぐことができました。

 実感として今の夏の方が暑いのですが、本当のところどれくらい暑くなったのでしょうか。と言うわけで、気象庁のWebサイトからデータを引っ張ってきて、また調べてみました。

 

 上のグラフですが、1時間ごとのデータが取得できたのは1978年までだったので、1978年と去年2025年について、未明の1時から深夜24時までの1時間ごとに、7月21日から31日までの11日間の平均の気温を描いたものです。なぜ11日間の平均にするのかと言えば、特定の1日だけだと、特別暑い日とか涼しい日とかだったりするかもしれないからです。

 見てのとおり、どの時間でも1978年より2025年の方が2~3度くらい暑くなっています。特に一番暑い昼間の13時~15時頃の時間が、1978年では32~33度に収まっているのに、2025年では35度を超えています。35~36度の体温に近いラインを超えるか超えないか、というのが、体感上の大きな境目になっている気がします。

 さてグラフでは、最近の方が暑いのが一目瞭然なのですが、この差が統計上有意といえるのか?についても一応、検定しておきます。

 結果は以下の通りです。午後2時の平均気温で1978年の32.3℃と2025年の35.9℃を比べて、「p値が0.002031」とは「差があると言って間違いである確率は1000分の2程度」ということです。要するにはっきり差があるわけです。

 

帰無仮説: 平均の差 = 0

標本 1:(1978年)
n = 11, 平均 = 32.3, 標準偏差 = 3.19
平均の標準誤差 = 0.961821
平均の95%信頼区間: 30.1569 から 34.4431

標本 2:(2025年)
n = 11, 平均 = 35.9, 標準偏差 = 1.08
平均の標準誤差 = 0.325632
平均の95%信頼区間: 35.1744 から 36.6256

検定統計量: t(20) = (32.3 - 35.9)/1.01545 = -3.54523
両側p値 = 0.002031
(片側 = 0.001015)

 

 と言うわけで、温暖化が存在することは間違いありません。

 こうなると、何とかしてこれを食い止めたいわけですが、「二酸化炭素を削減しさえすれば良い」という思い込みは間違いです。なぜなら温暖化の主原因が二酸化炭素である、と確かめられたわけではないからです。

 過去の歴史を見ると、数千年前の縄文時代にも今よりもさらに暑く、北極・南極の氷が解けて海面が今より数十メートルも高かった時代がありました。この時代には人間が排出する二酸化炭素などは今と比べてほんの僅かでした。この点を考えると、二酸化炭素が温暖化の主たる原因であるという仮説には疑問があります。

 もちろん、とりあえず二酸化炭素削減に取り組むのは良いと思います。しかし「それさえやっていれば」と思考停止してしまうと、温暖化の原因の究明ができなくなってしまいます。

 今は人類の生存に関わる温暖化の問題ですら、金儲けの種にして二酸化炭素の排出権取引などが行われていますし、反二酸化炭素は巨大なビジネスチャンスとなっています。これらの反二酸化炭素を商売にしている人たちにとっては、二酸化炭素以外の温暖化の原因が解き明かされては困るのでしょうが、そんなことをやっているうちに、どんどん手遅れになってしまいます。

 科学的な精神でもっと真剣に取り組まないと温暖化対策はできません。(真剣に取り組んでもできないかもしれませんが)。