校長室ブログ

2025年9月の記事一覧

9/29 こんなものを読んできた29 & どんな夢を見てますか?

 さて前回、強い調子で「どんな本を読むかは勝手だろう」という話を書きました。それは何故か?というと、今回、「こんな本を読んできた」第29回で、藤本タツキのマンガ、「チェンソーマン」を紹介する露払いの意味もあったのでした。こんなものを読んできた29(チェンソーマン)WEB.pdf

 今も昔も暴力シーンがあったり、露骨な性的な描写がある作品には、「児童生徒が読むのに適さない」と「有害」のレッテルが貼られがちです。ただ、そういった作品の中には表面的に好ましくない描写があっても、伝えたい真のテーマには見るべきものがある作品もたくさんあります。(確かに有害だな、と納得してしまう作品もありますが…。)

 藤本タツキの「チェンソーマン」も「好ましくない」マンガに分類されてしまいそうな作品ですが、私は、独特の美しさや味わいのあるいい作品だと思っています。(詳しくは上のリンクから本文を見てください。)

 この作品の特徴は、なかなか覚醒できない悪夢をみているような独特の雰囲気にある、と思いますが、ところで皆さん、日常的にどんな夢をみていますか?

 私はあまり楽しい夢を見ることがありません。ほとんどが悪夢の類です。

 教員稼業が長いせいか、舞台が学校のものが多いのですが、たとえば、授業に行こうとして職員室を出たのに教室にたどり着かない。よく知っているはずの校舎が迷宮と化して、このままでは授業に遅れてしまう…。とか、そんな感じです。最近も、生徒と一緒ににぎやかに文化祭の準備をしていた(この辺は割と楽しい)ところに、「車の移動をお願いします」と放送が入ったので、愛車を移動させようとすると、なぜが自分の車が見つからず、校内をぐるぐるさまよう…。という夢を見ました。次の朝、寝起きからひどい疲れを感じて、脈拍や睡眠状態の記録できる腕時計で見たら、睡眠中なのにものすごくストレスの高い状態になっていました。

 夏目漱石に「夢十夜」という作品があって、漱石の見た不条理で不可解な夢を描いています。漱石も精神的に不安定な人だったといいますが、私の悪夢癖も何か精神的なものなのでしょうか。

 

9/19 どんな本を読むべきか?

 今日の朝は久しぶりに半そでだとちょっと肌寒いほど涼しくてホッとしました。でもまだ暑さのぶり返しはあるようです。このブログを読んでくださっている皆様、お体ご自愛下さい。

 さて、前々回(9/8付け)のこのブログで、小学校の先生に対する批判めいた感じのことを書いたので、皆さんの中には「この人は小学校の先生が嫌いだったんじゃないか?」と思った人もいたのではないでしょうか? 実はその通りです。理由はいくつかありますが、強いて言うなら当時の先生には「のぞましい子供像」を押し付けてくる人が多かったからです(もちろん尊敬できる先生も何人かいましたが)。

 で、今回のお題につながるのですが、当時の小学校の先生には、読書の面でも「情操を豊かにする」本ばかり読ませようとする人が多かったように思います。小学生の頃の私はそれが性に合いませんでした。ついでに言うなら私の母親も「情操」とやらが好きでいい迷惑でした(親不孝な言いぐさですが、本当にそうでした)。

 たとえば当時の先生がよく勧めてきたのは、リンドグレーンの「長靴下のピッピ」とか、ウィーダの「フランダースの犬」とか、ドーデの「最後の授業」などの「良書」でした。まあ一応私も読んでみました。リンドグレーンなどには、今読めば子供の時には感じなかった何かがあるのかもしれません。しかし「フランダースの犬」のラストには、「おとなしく凍死するくらいなら、どんな生き方でも生き延びた方がいい」と感じました。「最後の授業」では「アルザス・ロレーヌがドイツ領に編入され、明日から学校でフランス語が使えなくなる」のが悲劇とされているのですが、妙に歴史マニアだった私は「ドイツ系住民もたくさんいるのだから、その人たちは喜んだんじゃないか?」とか考えてしまったわけです。で、先生にその辺の疑問をぶつけると、ひねくれた読み方をする困った児童という扱いになってしまい…。

 同じように、夏休みの宿題でよくあった「読書感想文」も先生たちの想定する「のぞましい感想」でないと評価されなかったように思います。たとえば太宰治の「走れメロス」という作品があります。一般的には「メロスとセリヌンティウスの篤い友情と信頼で、人間不信の王様も改心した」お話とされ、読書感想文にも期待されているのは、その線でしょう。

 しかし、私はこの作品には全体になんとなく皮肉っぽいトーンが流れているようで、作品そのものが太宰治の壮大な冗談ではないかと考えてしまいます。「走れメロス」については、米澤穂信の「氷菓」シリーズの中にも、主人公の折木奉太郎が、さまざまな突っ込みを入れてミステリー作品として読んでしまう、というお話がありますが、とにかくそんなに素直に読んでいい(もちろんそう読んでもいいですが)作品ではないと思います。

 話が長くなりましたが、何が言いたいのか、というと「何を読んで、どう感じるか」などは自由でいい、ということです。私も「こんなものを読んできた」でおすすめの本を紹介していますが、それは自分が読んで面白かった本を紹介しているだけで、それ読むかどうかはみなさんの勝手です。

 世の中には、明らかに科学的におかしなことが書いてあったり、極端な思想で事実を捻じ曲げたりのいわゆる「トンデモ本」があります。子供たちがこの手の本を読んで、それに染まったら大変だという考えもあるでしょうが、これらも含めて「何を正しいと思い、何を信じるか」は、多くの本を読み様々な知識を得たうえで自分で考えればいいことだと思います。

9/12 プチ史跡巡り2「飯田橋周辺」 & こんなものを読んできた28

 今日の午前中、ちょっと出張で飯田橋まで行ってきました。少し早めについたので江戸城の牛込門跡の石垣を見てきました。

 

 飯田橋駅の西口を出ると、駅前の道を挟んで両側に牛込門の跡の石垣が残っています。門そのものは明治に入って間もなく撤去されたのですが、土台の石垣は残されました。これだけ堅固なものを撤去すると工事の手間と費用も馬鹿にならないからでしょうか。

 

 また駅前には牛込門の石垣に使われていた石も野外展示されています。側面にこの門の工事を担当した蜂須賀阿波の守の名が刻印されています。東京の皇居周りにはこういった遺跡・遺構が点在していて楽しいですね。

 次は飯田橋の駅の中です。これは帰りに撮りました。

 飯田橋の駅は現在は西口側に中心が移っていて、東口から入ると電車に乗るまでに使われていないホーム東側の部分を100m以上歩くことになります。この古いホームの部分の屋根は柱が曲線でそのまま梁に変わるとても美しい構造をしています。そして、この柱の鉄骨はよく見るとレールを曲げたもののようです。

 

 柱のクローズアップです。車輪がのる上面が内側、枕木に接する下面を外側にして2本束ねて柱にしていることがわかります。

 昔はあちこちの駅でこういったレールを構造材に使ったホームの屋根がみられましたが、最近は建て替えられて少なくなってきました。飯田橋の駅のここの屋根はそれらのうちでも美しいものの一つだと思います。

 さて、もう一つのお題、「こんなものを読んできた」。今回はハインラインの「大宇宙の少年」です。私は子供のころに夢中になって読んだ記憶があるのですが、他にもこの作品を読んでSF好きになったという人がたくさんいるようです。こんなものを読んできた28(大宇宙の少年)web.pdf

 

9/8 プチ史跡巡り2 やはり遺跡でしたか!

 9月に入り、日差しはやや弱まりましたが、暑いですね。「暑さ寒さも彼岸まで」のことわざ通りになればよいのですが。

 さて、今日はちょっとだけです。

 このブログでも、たびたび「土の盛り上がりをみると古墳に見える病気」を発症している私ですが、その原点は、子供のころ住んでいた見沼区大和田にあった謎の土の山でした。

 東武野田線(最近はアーバンパークラインと言うそうですが)の大和田駅の南方数百メートル、子供のころ私がよく虫取りでうろついていた雑木林の中に、長径20m、短径15mくらい、高さ2~3mほどの土の小山がありました。

 小学館の「マンガ日本の歴史」や学研の学習百科事典を読破して、妙に歴史や考古学が好きだった私は、「これは古墳かも?」と考えました。そして、この小山の近くの農家(このお宅では金魚を養殖していたので、たまに買いに行ってました)の人に聞いてみたのですが「わからない」とのことでした。そこで小学校の先生にも聞いてみましたが、「こんなところに古墳があるわけない。」と言われました。当時の私はまだ素直で、先生は何でも知っていると思っていたので、「じゃあ、違うのかなぁ」と思ったものです。

 さて、この間、このことを思い出して、前にも利用させていただいた国土地理院の陰影図で見てみました。昔、私が不思議に思った場所には、ちゃんと小山が二つ表示されています(13の数字左上)。

 その同じ場所を、さらにさいたま市遺跡地図(この地図も便利で素晴らしいです。)で見ると、二つの山のうち、北側の方が赤くなっていて遺跡番号「12-209」となっています。

 詳細な情報を見ると、ここは「埋蔵文化財包蔵地」「塚・散布地」「中世」とのことで、古代の古墳とはされていませんが、人為的な塚として認定されています。また古代には13の数字左の黒点の交差点の少し南まで見沼の入り江が細長く入り込んでいたようです。ここの十字路の東西の道は大宮と岩槻を結ぶ古い街道で、辻には今も六地蔵が残っています。この周辺は昔は何らかの重要ポイントだったのかもしれません。

 50年以上、ずっとこの問題が頭に引っかかっていたのですが、古墳かどうかはさておき「遺跡ではないか」と思った私の直感は間違っていなかったのですね。思わず大威張りしてしまいました。

 それにしても小学校の先生は何を根拠に「古墳のはずがない」と断言したのでしょう。歴史を商売とする人の端くれになった今の私の目から見れば、大和田の周辺は低地と台地の境目で中世の城塞や館の跡なども点在し、中世の塚や古代の古墳があってもそんなにおかしくない場所なのですが…。なんか微妙に子供の夢をつぶされたような気がします。私だったら、「そうかもしれないね。調べてごらん」と言ったと思うのですが。

 上記の地図の引用については一応学術・教育目的の利用条件には合っていると考えていますが、もし不都合があればお知らせ下さい。

9/2 こんなもの読んできた27 & 初めて見ました!

 夏休明け最初の「こんなものを読んできた」は、アイザック・アジモフの「銀河帝国興亡史」です。本文中にも書きましたが、私が中・高生のころ、SFファン界隈では「銀河帝国興亡史」を読んでいないと、「もぐり」「素人」扱いされ軽蔑されたものでした。私はひねくれ者だったので「だったら俺は読まない」と決心し、50年近くこの作品に背を向けていましたが、もうそろそろ読んでもいいかと思い、今回ようやく読破しました。

 こんなものを読んできた27(銀貨帝国の興亡)web.pdf

  さて、出勤途中にこんなチョウを見ました。

 

 私がこれまで見たことのないチョウだったので、調べてみたらおそらくムラサキシジミのようです。シジミチョウの仲間は体も小さく羽根を閉じていると目立たないのですが、羽根の内側が美しい金属光沢をもっています。しかしスマホを構えて待っていても、なかなか羽根の内側を見せてくれません。そこでちょっと気の毒ですが、飛んでもらうことにしました。(下記のリンクをクリックすると動画がダウンロードできます)

 VID_20250902_064011387 - Trim.mp4

 動画は一瞬過ぎるので、ファイルからフレームを抜き出してみました。形はぶれていますが、深い青色はわかると思います。

 シジミチョウの仲間には、他にも羽根の内側が鮮やかな緑色のミドリシジミや、きれいなオレンジ色のベニシジミ、白銀色のウラギンシジミなどきれいな蝶がたくさんいます。そこら中の芝生や草むらで見かけるヤマトシジミ(1センチ5ミリくらいの白っぽいチョウ)も、よく見ると羽根の内側が金属光沢のある薄いムラサキ色でなかなかきれいです。

 今回見つけたムラサキシジミは色がきれいなだけでなく、幼虫の時にアリを引き付ける匂いを出して、アリに自分の護衛をやらせる不思議な習性をもった蝶としても有名です。日本では割と広い範囲に生息しているようですが、私は初めて見ました。こういったことがあった日には、何かいいことがありそうです。