2024年11月の記事一覧
12/3 明日から修学旅行 & コラッツ予想
明日から2年次生は修学旅行で阪神方面へ行きます。私も「団長」ということで、一緒に行きますので、旅行中の様子もできたらこのブログで報告したいと思います。いつもと違う場所でいつもと違うものを食べたり、経験したりできるのが旅行の魅力ですから、二年次生の皆さんは大いに楽しんできてほしいと思います。
さて、本日の2題目です。明日から旅行に行くぞ、という以外に今日はあまりネタがないので、前回のモンティ・ホール問題につづいて、もう一つ数学パズル的なネタを書いてみます。
数学でまだ未解決の問題の一つに「コラッツ予想」というのがあります。
「どんな整数(任意の整数)でも、偶数の(2で割り切れる)ときは2で割る。奇数の(2で割り切れない)ときは3倍して1を足す。この計算の結果にまた同じ操作を繰り返す。何回か繰り返せば必ず1になる。」
というものです。試しにやってみると、たとえば「5」なら、5→16→8→4→2→1 と5回の計算で1になります。しかし、これが本当にすべての整数で成り立つかどうか? ということが、まだわかっていないのです。
現代にはコンピュータがあるので、10数行の簡単なプログラムで上の計算を試してみることはできます(私もやってみました。下記参照)。しかし具体的な数字でどれだけ計算しても、もしかすると例外があるかもしれません。どんな数でも例外なく1になるということを理屈で説明できないと、数学的な証明とは言えません。
なにしろ小学校で習う四則計算しか使われていない問題なので、中学校や高校で数学が得意だった人なら、「任意の整数を文字であらわして数式を書いていけば、すぐ証明できるのでは」と考えるかもしれません。ところがこれが80年以上にわたって解決していないのです。
この問題には日本の企業の1億2千万円をはじめ、たくさんの懸賞金がかけられているので、もし解決できれば大金を手にすることができます。しかし、高々数億のお金よりも(お金も欲しいですが)数学の歴史上に不朽の名声を残せるという方が魅力的ですね。
(おまけ)下記はPythonで作った任意の整数についてコラッツ予想が成り立っているかを計算するプログラムです。計算したい数字を入力すると、途中経過と計算にかかったステップ数を表示します。GoogleColaboratoryなどのサービスを使えば、ブラウザー上で動かすことができますので、よかったらいろいろな数字を試してみてください。(あまり大きな数だとメモリオーバーでフリーズしてしまうかもしれませんが。)
##コラッツ予想の計算をするプログラム
n0=input("整数を入力")
n1=int(n0)
c=0
while True:
if n1%2==0:
n2=n1/2
n1=n2
c=c+1
else:
n2=n1*3+1
n1=n2
c=c+1
print(int(n1))
if n2==1:
print("回数" ,c)
break
11/27 モンティ・ホール問題(解答編)
前回の解答です。正解はマリリンの言う通り「変えた方が得」です。
こう書くと、「なんで!? 1つが外れのドアが分かっていて、残り2つのうち1つがあたりなんだから、正解の確率は50%。どっちを選んでも同じなのだから、変えても変えなくても同じはず。」と思った方も多いのでないでしょうか?
これはマリリンに反対した多くの人(数学の専門家含む)の意見と同じです。しかしこれは間違いです。それはなぜか? という説明はネット上にたくさんありますが、どれもわかりづらいですね。私の感覚では、この問題は理系的に数式を使うより、ゲームの流れに沿って物語的(文系的)に説明した方が、すっと理解できるように思います。
上のように当たりのドアがAだったとしましょう。その場合のゲームの流れは下の3パターンです。
①観客がAを選んだとします。観客が選んだドアを開けると勝ち負けがわかってゲームが終わってしまうので、モンティはAを開けることはできません。BとCのどちらかを開けることになります。この場合、観客はAのまま変えないか、モンティが開けなかった方(Bを開けたらC、Cを開けたらB)に変えるかを選べますが、変えなければ当たり、変えれば外れです。
②観客がBを選んだとします。観客が選んだドアを開けると勝ち負けがわかってゲームが終わってしまうので、モンティはBを開けることはできません。当たりのAも同じ理由で開けられないので、モンティはCを開けることになります。この場合にCは外れなので、観客はBのままで変えないか、Aに変えるかを選ぶことになりますが、変えなければ外れ。変えれば当たりです。
③観客がCを選んだとします。観客が選んだドアを開けると勝ち負けがわかってゲームが終わってしまうので、モンティはCを開けることはできません。当たりのAも同じ理由で開けられないので、モンティはBを開けることになります。この場合にBは外れなので、観客はCのままで変えないか、Aに変えるかを選ぶことになりますが、変えなければ外れ。変えれば当たりです。
このように「変えたとき」に外れるのは最初にAを選んでいたときだけです。最初にBとCを選んでいた場合には、変えれば当たるので、変えたときに当たる確率は2/3、外れる確率は1/3で、変えた方が得です。
これは正解のドアがBやCであっても、文字が入れ替わるだけで同じことです。自慢じゃありません(と言いつつ自慢です)が、私のこの説明の書き方が、一番わかりやすいんじゃないかと思います。
筋道通りに考えればすぐに理解できるのに、数学者の中にはこの結論に納得がいかず、コンピュータシミュレーションで何億回も試行して検証した人もいたそうです。人間って面白いですね。
11/25 モンティ・ホール問題
先日、「情報」の授業を見学しに行ったところ、その中で「モンティ・ホール問題」に触れていました。
この問題については、前々任校の時にブログに書いたことがありますが、もう削除されてしまっていますし、また自分でも時々おさらいしないと忘れてしまうので、備忘録のようなつもりでまた書いてみます。
この問題ですが、モンティ・ホールというのは昔、アメリカで人気があったテレビ司会者です。彼の番組に、観客が舞台に上がり、3つあるドアから高級車の入ったドアを当て、当たれば車がもらえる、というコーナーがあったそうです。
そのコーナーでは、まず観客は3つのドアから一つ選びます。
その答えを聞いた後、司会者のモンティが外れのドアを1つ開けて教えてくれます。
ここでモンティは観客に、「選んだドアを変えてもいいですよ。変えますか?」と尋ねます。
さて、ここでドアを変えたほうが得なのか、否か? というのがモンティ・ホール問題です。
1990年に、当時アメリカで天才として有名だった女性マリリン・サバントの「マリリンに聞け」という新聞コラムに、読者がこの問題について質問したところマリリンは「変えた方が得」と答えました。
それに対し、数学の専門家も含むたくさんの人たちが、「変えても変えなくても、確率は同じ、マリリンは間違っている」と反論しました。中には「やはり女性は頭が悪い」と差別的な批判をした人もいたようです。
さて、マリリンと批判した人たちのどちらが正しかったのでしょうか? 皆さんはどう考えますか? というところで次回へ続きます。暇な人は考えてみてください。
11/19 月夜・失われつつあるものなど
昨日の帰宅時に東の空を見るとちょうど月が昇ってくるところでした。とりあえずスマホのカメラで撮った写真がこれです。
月は露出オーバーで滲んでいるし、デジタルズームと増感の影響でザラザラに粒子が荒くなっていますが、たなびく雲がまるで昔の中国の屏風絵のようですし、手前の傘を持った人のシルエットもちょっと不思議な感じで、なかなか面白い写真になりました。
さて、話は全く変わりますが、先日、ちょっと用事があり久しぶりに秩父鉄道に乗りました。東行田で降りたのですが、いつの間にか無人駅になっていました。帰りに熊谷の駅で聞くと、秩父鉄道はほとんど無人駅になってしまったとのことでした。数年前にSUICAが使えるようになって、秩父鉄道も近代化したな、と思っていたのですが、それは無人化の前触れだったのですね。
それに伴いなくなりつつあるのが、硬い紙の切符(硬券)です。今あるものを売り切ったらもう新しいものは作らないようなので、記念に1枚買っておきました。私が小さい時には、切符と言ったら硬券で、窓口で「○○まで子供1枚」と言うと、駅員さんが行先、金額別に斜めに切符がさしてあるフォルダーから引き抜いて渡してくれました。なお、子供用の場合には、はっきりわかるように切符の「小」と書いてあるところの斜め線をハサミでチョキンと切ってくれました。駅にある切符フォルダーがかっこよくて好きだったのに、もうすぐ見られなくなりそうです。
なくなりつつあるといえば、日本といわず海外といわずなくなりつつあるのが「建て前」を守る精神です。なんとなく世の中では「建て前ばかり言うな」とか「本音で生きろ」のように、「建て前」というのは悪いもののように言われています。しかし、私は「建て前」を守ってこそ、人は立派に生きられるのだと思います。
たとえば、人を人種や肌の色で差別してはいけないという「建て前」や人の物を盗んではならないという「建て前」は守らなければなりません。ところが近年は、日本でも海外でもそういう建て前を踏みにじり、言いたい放題、やりたい放題、自己都合丸出しの人がまかり通る世の中になりつつあるようです。従来は洋の東西を問わず、本音(欲望や感情)をコントロールし、建て前(公益や理性)と両立できる人が立派な人として尊敬され、そうなるために人は学問や修養を積むべきだとされてきたはずです。やはり人間は、「あるがまま」「そのまま」ではだめだと思うのですが。
11/7 後夜祭(2)花火!
今年の翔陽祭は開校20周年ということで、後夜祭で花火をあげました。
予算の関係もあり、そんなにすごいものではないだろうと思っていたのですが、ところがところが予想外にすごかったです。距離が近いせいもあるのでしょうが、本校上空に大輪の花が次々と開いて、感動しました。花火屋さんはかなりサービスしてくれたのでは…。ありがとうございます。
スマホのカメラなので、今一つすごさは伝わらないかと思いますが。とりあえず写真を上げておきます。
11/7 翔陽祭、大詰め
先週から休みを挟んで開催されている翔陽祭も、今日の体育祭と明日の総合閉祭式を残すのみです。
今日の体育祭は北風は冷たかったものの、雲一つない青空となりました。100m競争や対抗リレーのようなガチな競技から、大玉運びや障害物競走のような色物競技まで、熱戦が繰り広げられました。それにしても今日は光が強く澄んでいて実に写真日和でした。本日のベストショットはこれです。
本日の大トリ、男子対抗リレーです。バトンを振り上げてゴールをする瞬間の影が面白くとれました。
ちなみに今これを書いているすぐそばの中庭では、土曜日に雨で延期になった中夜祭を後夜祭に改めてやっています。参加自由なのに、たくさんの人が残って盛り上がっています。周囲が暗くなっているとネオンも照明も映えますね。やはり文化祭は秋が深まってからがいいですね(ちょっと寒いですが…)。
11/1 20周年記念行事・翔陽祭始まる・憧れの苔玉
今日から翔陽祭が始まりました。
今日と明日(要事前予約)の文化祭、来週の体育祭を合わせて翔陽祭です。熱く楽しい1週間になると良いのですが。
翔陽祭の開催式に先立って、本校の20周年記念行事を行いました。本校が平成17年4月に埼玉県で初めての「パレットスクール(多部制・単位制総合学科)」として誕生してから今年でちょうど20年です。第2代から第7代まで歴代の校長先生が、お祝いに駆けつけてくれました。初代の黒岩校長先生だけは、すでに亡くなられているので御招待できませんでしたが、私が以前、教員として本校に勤めていた時に直接ご指導いただいた校長先生でしたので、あまりに早い御他界が惜しまれてなりません。
翔陽祭開催式では、有志による合唱や軽音楽部のバンド演奏などに加え、教員バンドの参加(写真下)もあり、大いに盛り上がりました。
文化祭の校内公開では、お隣の戸田かけはし高等特別支援学校のお店で苔玉を購入しました。私は子供の頃から、盆栽とかつりしのぶとか、苔玉などのようなものが大好きで、苔玉は憧れのアイテムでした。小学校低学年のころ仲が良かった友達の家にたくさんの盆栽があって、遊びに行くと何かして遊ぶより、見事な盆栽を見る方が楽しかったのを思い出します。
そのころ(小学校低学年)の私の夢は、一日も早く定年退職して盆栽や苔玉づくりでもしながら、のんびり引退生活をすることでしたが、実際自分が還暦を過ぎてみると、どうもそういうわけにはいかない感じになってきました…。せめて今日買った苔玉を心の友として大事にしたいと思います。