校長室ブログ

2024年8月の記事一覧

8/29 もうすぐ新学期 & 初秋の草花

 早いものでもうすぐ2学期です。

 私が中・高生だったころは課題や宿題をため込んでしまうタイプだったので、8月30日前後はそれらを片付けるのに追われ「火祭り」状態だったのを思い出します。また、現在と違いインターネットやSNSのない時代だったので、夏休み中だとほぼ1か月も会っていない友達などもいて、夏休みの終わりころは「休みが終わるのが残念」という気持ちと「早く学校が始まらないかな」という気持ちが入り混じって、なかなか微妙な気分でした。

 生徒の皆さんの中には、なんとなく憂鬱とか、学校へ行くのが億劫だとかの人もいると思います。しかし友達と実際(リアル)で顔を合わせることには、ネットにはない良さがあります。微妙な表情や体温、呼吸など伝わってくる情報量が桁違いで、仲良くするにしろケンカするにしろ、分かり合える深さが違います。

 ちょっと週末から週明けにかけて台風の様子が心配ですが、みんなが元気に登校してきてくれるといいなと思います。

 さて、もうすぐ2学期というところで季節は晩夏から初秋へ移り変わろうとしています。草花も夏のものと秋のものが入り混じった状態です。

 上の写真4枚は、通勤途中に見かける野草の写真ですが、左上のムラサキツユクサと右下のオシロイバナはいかにも夏の花という感じですね。右上のキバナコスモスは晩夏~初秋の花という感じです。昔はあまり見なかった花ですが最近は白やピンクのコスモスよりも多く見かけるようになりました。左下の花はなんという花かよく知らない(マツヨイグサの仲間?)のですが、最近よく見かけます。鮮やかな黄色でいい感じです。

 上の4枚はすべて私の安物スマホで撮った写真です。ピントが後ろに抜けてしまう(上の写真で言えば地面や背後の葉っぱにピントがずれる)ことが多いのが欠点ですが、けっこうすっきりした写真がとれます。これではカメラ専用機が売れないのも道理です。最近のスマホ技術恐るべしです。

8/14 プチ史跡2(10) よくある二宮尊徳像

 お盆真っ最中です。バスはお盆ダイヤだし「サマーリフレッシュウィーク」とやらで校内も人の気配がほとんどありません。というわけ学校の話題もないので、今回はタイトル通りのプチ史跡でいきます。

 前回に引き続き、お題は「二宮尊徳」です。

 

 写真は、深谷の藤澤小学校の校庭で見かけた二宮尊徳(金次郎)像です。歴史の古い小学校などではよく見かけるもので、特に変哲はありませんが、これはなかなか年季が入っています。像本体はコンクリート製なのか、御影石の台座より風化が進んでいます。前回紹介した報徳二宮神社の像とは、本の持ち方や踏み出している足などが異なるので、別の原型によるものと思われます。

 台座の裏側に「寄贈昭和〇〇」のように年紀が刻んであるのですが、ちょっとよく読めません。ただ台座正面に「二宮尊徳先生八十年祭記念」と書いてあるので、おそらく没後80年を記念して各地で式典が行われた昭和10(1935年)年のものでしょう。

 写真では下が切れてしまっていますが、台座の下部に二宮尊徳の教えをまとめた「報徳訓」のプレートも残っています。ちょっと長くなりますが、以下に全文掲載してみます。

父母の根源は天地の令命にあり
身体の根源は父母の生育にあり
子孫の相続は夫婦の丹精にあり

父母の富貴は祖先の勤功にあり
我身の富貴は父母の積善にあり
子孫の富貴は自己の勤労にあり

身命の長養は衣食住の三にあり
衣食住の三は田畑山林にあり
田畑山林は人民の勤耕にあり

今年の衣食は昨年の産業にあり
来年の衣食は今年の艱難にあり
年々歳々報徳を忘するべからず

 ざっくりまとめると「先祖や先人の努力のおかげで、今日の我々の生活がある。我々はそれを感謝し、さらに次世代につなげていかなくてはならない」ということです。今でいうSDGSみたいなものですね。

 二宮尊徳は個人としての生き方は自己実現の見本のようですし、思想もすごく合理的で現代的です。ところが、今から数十年前には全国で金次郎像の撤去が相次ぎました。その理由は「戦前の道徳教育の象徴だから怪しからん」とか「立身出世を目指す生き方が受験競争をあおり、子供たちの人間性を損なう」とかだったようですが、実に物事の本質を見ない愚論だったと思います。ちょっと受験勉強をしたくらいで損なわれてしまうようなら、元々たいした人間性ではないですし、自分がなりたいものになるため努力することのどこがいけないのでしょうか。

 しかし、現代においても、以前の「金次郎像批判」のように、本質を見ず、論理的な思考を伴わず、どこかからの受け売りの紋切型(ステロタイプ)な言説を臆面もなく語る人を、少なからず見かけます。明治の思想家中江兆民は、日本人のことを「哲学のない国民」であると嘆きましたが、その通りだと思います。

 

8/9 プチ史跡2(10)小田原城

 今回も前回に続き「プチ」とは言い難いメジャーな史跡です。まずは花の写真から…。

  

 7月末に行った小田原城のお堀のハスの花です。見事な大輪のハスでこのつぼみもハンドボールくらいの大きさがあり、とてもきれいでした。

 小田原城には子供のころから何回か行ったことがあります。以前は復元されたコンクリート造りの天守閣だけしかなくて安っぽい感じだったのですが、近年、馬出門や銅門などが復元されすごく見ごたえのある史跡になりました。下の写真はお堀の外側から復元された馬出門を見たところです。敵の軍勢になったつもりでこの橋からお城の中に進むと、門の内側で四方八方から迎撃される構造になっていて、軍事施設としてのお城の構造がよく感じられます。

 小田原城見学というと、駅からまっすぐ復元天守閣に通じる近道がありそちらを通ってしまいがちなのですが、小田原城の魅力を感じるなら、少し遠回りですが、この馬出郭から二の丸、本丸と上がっていくコースがおすすめです。

 また時間に余裕があれば城内にある報徳二宮神社にもお参りしたいところです。この神社は勤勉と苦学力行の代名詞、二宮尊徳(金次郎)を祀った神社です。

 二宮金次郎は薪を背負って本を読んでいる姿は有名でも、何をした人なのか? はあまり知られていないのではないでしょうか。金次郎は小田原近郊の農家に生まれましたが、少年の時に父母を亡くします。彼は勤勉さと工夫で借金と貧困に苦しむ実家を立て直します。その見事な手腕が有名となり、小田原藩内の武家の経営コンサルタントとして活躍します。これらの仕事にも見事な業績をあげ、様々な藩や幕府の仕事を任されるようになっていきます。

 江戸時代の後半は乱開発や相次ぐ天災のため農地が荒れ、都会への人口流出も相まって、各地の農村が荒廃していましたが、二宮金次郎は、単なる倹約や勤勉だけでなく、経営資金の融資や相互扶助組織の設立など合理性に裏付けられた経営理論(報徳仕法)を用いて、農村の再建に活躍しました。

 写真の二宮金次郎像は、報徳二宮神社境内にあるものですが、昭和3年に神戸の実業家中村直吉が慶寺丹長に作らせ全国の小学校に配布したものの内、唯一現存するものだそうです。この中村直吉による金次郎像の寄贈から全国の小学校で金次郎像を建てるのがブームとなったとする説もあるので、この像はかなり貴重なものなのでしょう。

 さて、この日はなぜ小田原ヘ行ったのかと言いますと、メインはお城見物ではなく、定時制通信制体育大会のバドミントン競技の応援でした。日程の都合でバドミントンしか応援に行けませんでしたが、今年の定通大会では本校からは柔道、剣道、バレーボール、バドミントンと4競技も全国大会へ進みました。大会の様子や結果は各部のページに譲りますが、多部制で部活動の練習時間も取りにくい中で、みんな本当によく頑張っています。次の機会には、もっと他の種目の応援にも行きたいものです。

8/5 猛暑の中で

  昨日、自転車で自宅近くの公園を走っていたら、百日紅(サルスベリ)の花を見つけました。強い日差しの下、ぼってり重たげに咲き誇る様子は、いかにも真夏の花といった感じです。

 それを見ていて思い出したのが、昔、井上靖の「孔子」や白川静の「孔子伝」で読んだか、あるいは高校の漢文の授業で習ったか、論語子罕篇の「唐棣之華、偏其反而。豈不爾思。室是遠而。子曰、未之思也夫。夫何遠之有。」という一節です。

  超訳すれば、

 ある日、孔子先生が街で「唐棣の花がひらひら舞っている。君のことを愛しているんだけど、君の家はあまりに遠すぎるのさ」と歌っているのを聞いた。孔子先生は「それはまだ愛し方が足りないのだ。本当に好きなら遠くたって関係ないだろう」と言った。

 という感じです。街で聞いた、というのは原文にはないので、昔、私が読んだか聞いたかしたお話で脚色されているようですが、ちょっとチャラい感じで歌を歌っている若者に「お前らの恋愛は気合が足りん」と喝を入れる孔子先生、いいお話ですね。

 孔子は聖人君子の道を説く儒学の祖ですが、この話などを見ると孔子の説く道は、堅苦しいものではなく人間の柔らかな気持ちを大切にしたものだったことがわかります。また孔子は自分のことを「鄙事に多能(つまらないことをよく知っている)」と謙遜していましたが、若いころは恋愛でも頑張っていたのかもしれません。

 ところでこの一節にでてくる「唐棣之華」を、私は長い間サルスベリだと思っていました。だから上の一節の場面も、夏の強烈な日差しに白茶けた街角、そこに涼しい影を落とす大樹があって、その下で若者が楽器を弾きながら歌っている…みたいなイメージをしていました。

 ところが今回この記事を書くために調べてみたら、ネット上に「唐棣之華」をサルスベリとしているものは見当たらず、ほとんどの記事がスモモやニワザクラとしていました。だとすると季節感もだいぶ変わってしまいます。どこで勘違いをしたのでしょうか。「唐棣色」というのは、オレンジ色やピンク色のようですから、色的にはあっているのですが…。

 毎日暑さが続きますが、夏至のころと比べると、朝夕、日がだいぶ短くなってきました。まだ黄色い胴体をしていますが、赤とんぼも山から降りてきました。明後日は立秋です。もう一息、健康に気を付けて夏を乗り切りましょう。