校長室ブログ

2024年4月の記事一覧

4/22 「やらかしてしまった!?」&プチ史跡2(2)赤山通りの石塔など

 先週金曜日(4/19)に前任校の与野高校に事務連絡(兼離任式)に行ってきました。

 「離任式」は人事異動で転出した教職員が、年度末に残してしまった事務的な処理や連絡を片付けるとともに、生徒諸君にお別れの挨拶をするという、学校の伝統的な行事です。ここ数年はコロナ禍とやらで、実施しなかったりオンラインやビデオメッセージに代えたりすることが多かったのですが、ようやく復活してきました。しかし「いやぁ、復活してよかった…」とのんきに出かけて行ったのですが、ふたを開けてみたら出席者はなんと私一人でした。コロナ以前はよほどのことがない限りみんな出席したものですが…。離任式の伝統もコロナのせいで断絶しかかっているのでしょうか。私が行かなければ、離任式は流会となり行事の手間を一つ減らせたのに、すっかりやらかしてしまいました。

 しかし、行ってしまった以上はせっかくなので、離任者を代表して「与野高生の多くが持っているまじめさは、得難い才能であり、今後の人生で大きな武器になる」、「自分の夢や目標を恥ずかしがらずに大きな声で語ることが、実現への第一歩である」という話をしてきました。

 さて、与野に行ったついでに与野近辺の史跡探索をしてきました。与野高校から本町通り(羽根倉街道)を北に数百メートル行くと赤山街道との交差点にぶつかります。赤山街道は江戸時代に関東郡代として関東の幕府直轄地の管理を任されていた伊奈氏の本拠赤山陣屋(川口)と、各地に置かれた陣屋を結ぶ道です。

 交差点を右(東)に曲がって少しいったうなぎ屋さんの店の前にお地蔵さんのお堂が大小2棟と石塔2基が立ち並んでいます。

  

 左側のお地蔵様(上の写真左)は、2mを超えそうな立派なもので、お堂も小さな銅鑼や鐘を備えた他ではあまり見ないほど立派なものです。見えるところには年紀などはありませんが、さいたま市のWEBページによれば江戸時代後期のものだそうです。

 並んだ石塔の中に道標を兼ねた「甲子塔」(上の写真右)があります。「甲子塔」とは「庚申塔」と同じようなもので、暦で「甲子」の日にみんなで集まる「甲子講」の人たちが建てたものです。ここの甲子塔は道標を兼ねていて、正面左側は「引又(志木市)二里」、正面右側は「川越四里」、右側面は「浦和一里」、左側面は「大宮十五丁、原市三里、一ノ宮鳥居十丁、岩槻三里」と刻んであります。

 この距離表示を見て気が付くのは「この甲子塔は元々はこの場所ではないところにあったのではないか?」ということです。なぜそう思うのかというと、「一ノ宮鳥居十丁」と「大宮十五丁」の記述です。昔の10丁は1~1.1㎞に相当しますが、石塔の現在位置から氷川神社の一の鳥居までは2㎞以上あります。「大宮十五丁」の記述についても同様で、この石塔は昔はもっと大宮に近い位置に立っていたのではないかと思います。たとえばここから赤山通りをずっと東に行った中山道との交差点(上木崎交差点)付近なら、距離的によく合います。

 

 それと同じく半ば地面にうずもれるように立っている「右秋葉大…(おそらく秋葉大権現)」「左石尊大…(おそらく石尊大権現)」と彫られた石塔も移設されてきたのではないかと思います。なぜなら、このあたりで「秋葉」といえばさいたま市西区中釘の秋葉神社ですが、今、石塔が立っている位置と向きでは、秋葉神社は左側になるはずだからです。

 また「石尊」についてですが、ちょっと調べたら面白いことがわかりました。「石尊権現」というのは、山岳信仰の中心地大山(神奈川県)の神、阿夫利神の別名ですが、ネットで調べたらさいたま市南区関(中浦和の駅の近く)に「石尊大権現」の石塔が残っているそうです。もしかすると昔は南区関に「石尊権現」を祀った施設があったのかもしれません。そうだとするとその場所は本町通りを南下し突き当りの庚申堂の分岐を右側に行った先になります。この石塔が今の位置から少し離れた赤山通り交差点の西側に東を向いて立っていたとすれば、「右秋葉大権現、左石尊大権現」で方角がぴったり合います。

 南区関は与野から本校へ向かう道の途中ですから、なんとなく不思議な縁も感じます。関の「石尊大権現」については、もう少し調べたくなってきました。

 

 

 

4/17 幸手に行ってきました。プチ史跡めぐり2(1)

 昨日(4月16日)は本校の開校記念日で学校閉庁日でした。お休みを頂いてのんびり、と行きたいところでしたが、午後に幸手桜高校に出張する予定だったので、ついでに幸手の史跡を見て回ることにしました。(年次休暇取得済みです。念のため。)

 幸手は日光街道の宿場町ですが、歩いてみると南北に非常に長いことに驚きます。宿場町の面影を残す風情のある建物も残っていていい感じです。ただ、残念なのは1kmもある宿場にこれらが点在していることです。川越のように一区画にまとまった数の建物があれば、観光資源化できると思いますが…。

 古い街らしく、お寺や神社、石碑・石塔の類もたくさん見かけます。道すがら駆け足で見て回ります。

 

 幸手駅から幸手桜高校へ行く途中にある雷電神社です。この神社は別名が「田宮」でこの場所の地名も田宮になっています。境内が思いの外広く、摂社の稲荷の祠や様々な石碑や石塔、力石などが並んでいます。大正時代までは、ここが一体の総鎮守だったとのことですが、なるほど、そんな感じです。

 「雷電神社」は北関東にはたくさんありますが、他の地方には殆ど見られない神社です。祭神はまちまちですが、その名の通り雷の神様を祀るところが多いようです。カミナリの閃光は「イナビカリ」ですが、昔はこのイナビカリが、稲の魂を活性化して稲を実らせると考えられていました。ここの雷電神社の祭神は、別雷命、菅原道真、倉稲魂命の3柱だそうですが、納得のラインナップです。

 もう一つ、雷電神社の見どころは、写真の石鳥居です。白くてきれいなので新しく見えますが、左側の柱をみると、なんと享保14年と書いてありますから、約300年前に建てられたものです。また「別当龍興山宝持禅寺」と書いてあるので、江戸時代にはこの神社の別当(管理者)は近くにある宝持寺が務めていたことがわかります。この鳥居をみると、江戸時代の仏教と神道が混在していた時代が伺えます。

 

 上で出てきた龍興山宝持寺の門前にある石塔群です。左から3本目までは新旧取り混ぜた庚申塔、4番目は何やら仏様の刻んである石塔、5番目はまた庚申塔、右端の背の低いものは馬頭観音のようです。

 4番目を「お地蔵様」としているWEBページがありましたが、頭に螺髪(ブツブツ)をつけているところや、腕の構え方からして、私はこれは「阿弥陀如来ではないか」と思います。私は像容でパッと仏像の種類がわかるほど詳しくないので、間違っているかもしれません。 

 幸手にはこういう感じの石碑や石塔が他にもたくさんあるようです。またそのうちじっくりと回ってみたいものです。

  

4/15 季節も急展開

 すっかり暑くなりました。

 昨日(4月14日)のさいたま市の最高気温は25.6℃、最低気温は 10.8℃だったそうです。ひと月前の3月14日は最高気温15.8℃、最低気温 0.7℃ですから、1か月の間に冬から初夏に季節が移り替わってしまいました。展開の速さに追いつけないのか、本校の構内では初夏の花ツツジ咲き始めた隣には、まだ冬の花の椿が鈴なりに咲いています。

 みなさん、体調管理には気を付けましょう。

 

 

 学校の方では今週から授業が本格的に始まりました。あとでぶらぶらと様子を見に行こうかなと思います。

 

4/10 春到来

 おとといの始業式、昨日の入学式があって今年度が始動しました。

 本校は一日に3つの部がある3部制ですが、今週は新入生関係のオリエンテーション的な行事が多いので、生徒は午後からの一斉登校にしています。

 

 今、本校のグラウンドの東側の外縁にタンポポなどの花が咲いていて春の到来を感じさせます。タンポポのような根が深い草に浸食されてしまうのは、本当はあまりよくないのでしょうが、ここは普段あまり使わない部分だし、とてもきれいなのでよしとしましょう。

 実は私、20年前、本校が旧戸田高校から今の戸田翔陽高校に再編整備されたころにも、本校に勤務していました。再編整備のため、学級数が縮小したり1年間生徒募集を停止したりで生徒数が減少し、グラウンドを広く使う体育授業や部活動がなくなったので当時のグラウンドは荒れていました。中心部にも草が生え、外縁部に至ってはススキやアシが人の背丈よりも高くなり、入っていくことができないほどでした。夏休みの終わりに先生方で草むしりをしたのですが、深く根を張った草を抜くと周りの土まで掘り返されてグラウンドが穴だらけになってしまい、情けない思いをしました。

 それに比べれば、生徒の戻った今はグラウンド本体はきれいに整備されていますし、外縁部もクローバーやタンポポなど、生えていても邪魔にならない草ばかりでまったく問題ありません。

 来週になれば授業も本格的に始まるので、グラウンドもさらににぎやかになるでしょう。

 

 

4/8 はじめまして

 はじめまして。この春より、戸田翔陽高校校長を拝命した鈴木 健です。

 この度、このブログを開設しました。前任校でも前々任校でも学校のWEBページにブログを書いていたのですが、学校と直接関係のない話題が多く、よく叱られました。しかし学校のページだからと言って「今日は〇〇がありました。〇〇がとても素晴らしかったです」的な紋切型の記事ばかりでは、それこそつまらないというものです。学校の内外のできごとや、読んだ本の感想、ぶらぶらしていて見つけたものなど、思うままにつづっていこうと思います。

 とはいうものの今回は第一回ですので、学校の話題から。

 今日は第一学期の始業式でした。

 私は実は、創立のころ教員として戸田翔陽高校で勤務していたので、そのころの昔話も交えて、「頑張る生徒を応援したい。つきましては頑張ってほしい」という話をしました。R6一学期始業式.pdf

 始業式も終わり、明日はいよいよ入学式です。

 三月末に寒い日が続いたおかげで今年はサクラの花のがよくもっています。少し葉桜になってきていますが、何年振りかで、咲き誇り舞い散る桜の花で新入生を迎えられそうです。