4/21 久々の更新 &「プチ史跡2?」
最近、妙に忙しく随分更新間隔があいてしまいました。この間に始業式と入学式があり、令和8年度が本格的にスタートしました。
入学式では、バーナード・ショーの「人生は自分を見つけることではない。人生とは自分を創ることだ」という言葉を引いて、新入生諸君には戸田翔陽高校でしっかりと自分を創っていってほしいという話をしました。R8入学式式式次.pdf
さて「プチ史跡2?」ですが、先日、浦和の別所沼公園の一角で、何とも不思議な場所を発見しました。
手前の滑らかな枕状の石と、その奥の表面にマーク(円形の溝の中に金属のピンが三角形に埋め込まれたもの)のある四角い石、さらにその奥の三段に積まれた石塔のようなもの一対。まるで何か宗教的な祭壇のようです。
マークのついた四角い石は、何かの境界石か測量の基点のような感じです。この場所が別所沼公園の南東の角で道路と公園の境に近いことからも、何かの基準点の可能性は高いと思います。しかし手前の丸い石は何なのでしょう。特に文字や像は刻まれておらず、仏塔や庚申塔の類ではなさそうです。ですが滑らかできれいな形をしていて、どことなく厳かでありがたい感じです。
これは私の推測ですが、この丸い石(と四角い石の組み合わせ)が、どことなくありがたい感じだったので、誰かが石を積んで左右の塔を作り祭壇のような形をととのえてしまったのではないでしょうか。
各地には、巨大な岩や不思議な形の岩を御神体にしている神社がありますが、その発祥は案外、この場所のようなことだったのかもしれません。
不思議な形の石や岩があり、「なんとなく有難いかも!?」と思った誰かがお賽銭や花を供えると、それに続く人が次第に増えていき、自然に信仰の場所が出来上がり、やがて祠や玉垣が建てられて、いつの間にか神社の誕生! という流れです。
現代では土地が高価で所有権もはっきりしているので自然発生で神社ができる、という流れは難しい気がします。しかし、もしかするとこの場所にも何十年か何百年後かには、小さな神社が立っている可能性はあります。私たちは、あらたな史跡誕生の過程を見ているのかもしれません。