校長室ブログ

5/22 戸田というところ プチ史跡2(4)

 早いもので、戸田翔陽高校に赴任してからもうすぐ2か月になろうとしています。

 先週、戸田公園駅の近くの菖蒲川で鵜と亀が仲良く日向ぼっこをしているところを見かけました。

 菖蒲川は見ての通りあまりきれいな川ではないのですが、鵜や亀がたくさんいるところを見ると、餌になる生き物がいるのでしょうか。菖蒲川とつながっているボートコースのほうでは、これから初夏になると大きなハクレンがジャンプしているところなどをよく見かけますが…。

 さてこのブログでは「プチ史跡2」という副題がついた回が多いのですが、「なぜ2?」というと前任校(与野高校)のブログでも「プチ史跡」と銘打って、学校周辺や私の地元などの史跡ネタを書いていたからです。とはいうものの、戸田ではまだあまり周辺の史跡を回れていません。

 なぜかというと、戸田は現代になるまで大きな町が形成されたことがなかったので、史跡の密度が低いのです。羽根倉街道の宿場として発達した前任地の与野や、河岸場として有名だった前々任地の上尾市平方などでは学校の周辺にたくさんの史跡があったのですが。

 ですが戸田にももちろん歴史はあります。荒川(入間川)は古代から今と変わず流れていたので、自然堤防上には弥生時代以前から集落が築かれ、たくさんの遺跡が残っています。また、市内の笹目地区は鎌倉時代から鶴岡八幡宮の所領「篠目郷(笹目)」として文献に登場します。江戸時代には「戸田の渡し」は中山道の要衝として有名でした。古い歴史を持った神社やお寺もいくつかあるようですし、戸田市の笹目・美女木から、さいたま市の内谷や西堀に抜けていく昔の街道沿いには大小の神社や石碑・石仏の類が散在しているようです。今後、なるべく暇を見つけて回っていきたいと思います。