忙中閑あり~校長室より
3/7 いつの間にか無くなったもの(2)
来週の卒業式に向けて式辞を考えていたのですが、行き詰ったのでブログの方で気分転換を図ります。また、来週初めに生徒向けに配信する予定の読書案内ですが、来週頭にはブログで書くことがあまりなさそうなので、今回は先行公開してしまいます。 こんなものを読んできた10HP(銀河英雄伝説).pdf
さて、今週は寒さの戻りがあり、今朝も日差しは強いのに風はコートの中にまでしみこむような冷たさがありました。特に月曜、火曜に2日続きで降った雪には驚かされました。
「いつの間にか無くなったもの(2)」は合格発表の貼り出しです。
県公立高校の入学者選抜の合格発表も終わり、ほっと一息ですが、今年度から県立高校の合格発表は完全にWeb化されました。発表用サイトにログインして合否を確認する仕組みなので、IDとパスワードを知っている人しか結果を見ることができません。合否結果を他人には知られないで済む今年度からの方式は、個人情報保護という点では、改善・進歩と言えます。しかし、結果はネットでみて、合格した人だけが書類を取りに来るという方式は、なんとなく物寂しく、季節感がないように感じました。昨年度までも選抜結果はWeb上に掲載していましたが、学校の掲示板への貼り出しも並行して行っていたので、受験生は学校の掲示で確かに自分の番号があるのを確認して、保護者や友人と喜びあうという風景があったのですが…。
インターネットが普及する以前は、合格発表は学校の大きな掲示板に張り出す以外の方法はありませんでした。私が教員になったころ、私が勤務していた学校では、合格発表の日に運動部が新入部員勧誘もかねて、合格した受験生を胴上げするサービスをしていました。いわゆる伝統校と呼ばれる学校では、割とよくある風景だったと思います。しかし、この風景を見せられる不合格の生徒がかわいそうだという声が出て、「やめさせよう」ということになりました。決まったことなので、私も部員に話をして胴上げをやめさせましたが、何かすっきりしませんでした。
また、これは最近、ネットのニュースで見た話です。とあるユーチューバーが、妹が指定校推薦で大学に受かってのんびりしてていいな、というような動画をアップしたところ、「一般受験のために頑張っている人の気持ちを考えろ」という批判が殺到し、動画の削除と謝罪をしたとのことでした。ユーチューバーはみんなに動画を見てもらわなければならないので、反感を買わないよう削除・謝罪をしたのだと思いますが、私にはそこまで責められる理由がわかりませんでした。
胴上げの件でも動画の件でも、もし合格した人が不合格になった人やまだ受験が終わっていない人を見下したり、馬鹿にしたりしたのであれば許せないことだと思いますが、そうではありません。この人たちに合格を喜んだり、人から祝福されたり、あるいは合格後にのんびりしたりする権利はないのでしょうか。
不合格になった人や、これから受験に挑まなければならない人にとっては、合格した人のことは、うらやましかったり妬ましかったりするかもしれません。それもやむをえない心理だと思いますが、これを前面に押し出して、合格した人に自粛を要求するのが、当然の権利だとは思えません。(ネットで騒いでいたのは、ただ炎上させたいだけの第三者だったのではないか、と思いますが。)
合格した人は喜びながらも勝ち誇ることをせず、不合格になった人やまだ合格していない人を思いやり、不合格になった人やまだ合格していない人は、内心はうらやましさや辛さを感じるかもしれませんが、合格した人に「おめでとう」というのが、人としての建前です。以前にもこのブログで書きましたが、人には建前のために無理や「やせ我慢」をすることが必要なのではないでしょうか。こういった経験をすることで、人の人としての力は磨かれていくと思うのですが、最近は、世の中に妙な忖度や配慮がはびこって、その機会が減っている気がします。
3/3 ひなあられ & 白鳥伝説
早いものでもう3月、ひな祭りです。
私事ですが、私は昔から雛あられが好きです。大粒のものではなくて、米粒を膨らまして様々な色をつけた昔ながらのものが…。
さて、生徒向けの読書案内「こんなものを読んできた」の第9回を配信しました。今回、紹介したのは谷川健一「白鳥伝説」です。大学の歴史学専攻の学生(それもかなりまじめな人)でもないと歯が立たないような本で、高校生には難しすぎるかもしれません。はっきり言って私も十分に読みこなしたとは言えません。でも背伸びをして、わからないなりに読んでみるのもいいことだと思います。
詳しくは実際に本を読んでいただきたいのですが、この本は日本の建国や成り立ちに関する学説を示した本です。以前2月12日付けのこのブログで「神武東征」には、該当するような歴史的事実があったのではないか? と書きましたが、この本もそういった立場に立っています。
神武東征の時、迎え撃った側は、神武と妥協して降伏したニギハヤヒノミコトと、徹底抗戦をして殺されたナガスネヒコの2つの勢力に割れました。この時、ナガスネヒコの一派が関東地方や東北地方に逃れましたが、それらが後に「エミシ」と呼ばれた人々であり、その後も長く近畿地方にできた「ヤマト」に抵抗しました。この人々の住む地域が「ヒノモト」ですが、その後次第に「ヤマト」に押され飲み込まれていきました。しかしこの「ヒノモト」の意識は、関東・東北の人々の中に長く残っていきます。それらの人々が神や神の使いとして尊崇したのが白鳥で、それにまつわる神社や伝説が今も各地に残っている、というのが、乱暴にまとめた「白鳥伝説」の要旨です。
ガチガチに硬派な歴史研究ですが、壮大なイマジネーションと本物のロマンがある本です。
さて、この白鳥伝説ですが、私たちの身近な埼玉県にも残っています。埼玉のアニメ聖地発祥の地ともいえる鷲宮神社ですが、祭神は天穂日命(アメノホヒノミコト)、武夷鳥命(タケヒナトリノミコト)、大己貴命(オオナムチノミコト)とされています。このアマノホヒとタケヒナトリが神武東征に抵抗したナガスネヒコ勢力につながる神です。もうひと柱のオオナムチも、出雲神話の主神ですから、鷲宮神社は、国譲り~神武東征における敗者の側を祀った神社と言えます。そして鷲宮神社の「鷲」ですが、猛禽類(ワシやタカの仲間)のワシではなく、大きな鳥一般「オオトリ」と解すべきでしょう。(たとえば草加には大鷲神社(おおとりじんじゃ)という神社があります。)そしてオオトリといったら白鳥やコウノトリです。
次に鴻巣の鴻神社ですが、こちらは比較的新しい時代に、鴻宮氷川社、熊野社、雷電社を合わせてできた神社とされています。しかし地元にはコウノトリ(白い大きな鳥)が悪い蛇を退治したという伝説があり、白鳥伝説っぽい感じです。ちなみにここの境内に「なんじゃもんじゃの木」と言われる木があるのですが、先に紹介した鷲宮神社と深い関係があり、天鳥船命(アメノトリフネノミコト)を祀る神崎神社(千葉県香取郡神崎町)にも「なんじゃもんじゃの木」があります。二つの「なんじゃもんじゃの木」は木の種類が違うようですが、これは偶然なのかそれとも白鳥伝説に何らかの関係があるのか気になります。
さらに超マイナーですが、私の育った見沼区大和田に鷲神社(わしじんじゃ)という神社というのがあります。
たまに縁の下から江戸時代の古銭が見つかるというので、子供のころは縁の下に潜って古銭探しをしたりアリジゴクをとったりしていました。この神社は名前の通り、鷲宮神社から勧請された末社なのですが、同時に見沼の竜神にまつわる「見沼の笛」伝承があります。前に書いたと思いますが、見沼の竜神と言えば氷川神社です。鷲神社の摂社(境内に祀られた小さな神社)には氷川社はないようですが、氷川神社と何らかの関係がありそうです。
先述の鴻神社は、前身の一つが氷川社で白鳥伝説とも関りがありそう、こちらの鷲神社は白鳥伝説ゆかりの神社で氷川神社と関係がありそう。もしかするといろいろ隠れたつながりがあるのかもしれません。谷川健一の精緻な研究と比べれば、ザルもいいところですが、こんな風にいろいろ想像するのが歴史の楽しみというものです。
2/25 中学生の皆さん、あと一息です。& 読書案内8回目
いよいよ明日、県公立高校の学力検査が行われます。
県公立高校を受験する中学生の皆さんは、最後の追い込みを頑張っているかもしれません。まあ、しかしもうここまで来たら、あとは体力勝負です。今日は、しっかりとご飯を食べてゆっくり休んで明日に備えてください。
ここから、またちょっと炎上の危険のあることを書きます。「試験前に縁起の悪いことを読みたくない」というひとは読まないでください。
入学者選抜を受ければ、中学生の皆さんの中には不合格になる人がいるかもしれません。しかし、私は「万が一不合格になったとしても、それくらい、全然大したことではない」と思います。行きたかった学校に入学できないのは残念ですが、一回の不合格は、皆さんの人生において大した損害ではありません。あとから頑張ればいくらでも取り返すことができる程度のものです。
このように書くと今のご時世では、「不合格の人の気持ちを考えられないのか?」などと批判されそうですが、私はあえて書きます。
教員をしていると「うちの子には絶対挫折をさせたくないんです」という保護者の方に会うことがあります。しかしこういった方は一生にわたり、お子さんを守って安全・安楽な生き方をさせられると思っているのでしょうか。それに入試などは何とかなったとしても、異性に告白したのに振られてしまう、などという挫折は防ぎようがないと思います(それも避けさせる気なんでしょうか?)。またそういったご家庭のお子さんは、そんなに保護者に干渉されて満足なのでしょうか。
また、近年は生徒の中にも「失敗をしたくないから、チャレンジはしたくない」という人も多くなってきています。しかし、そんな生き方で楽しいのでしょうか。世の中、勝ったり負けたりするのが面白いのではないでしょうか。私自身は大学受験や入社試験などは、ドキドキ・ワクワクするギャンブルのようで好きでした。
それに生きていけば、自分の思い通りにならないことがあったり、もっと取り返しのつかない大失敗をしてしまうこともあるかもしれません(というか、あると思います)。そうであれば、今のうちに取り返しのきく程度の軽い挫折を体験しておくのも悪いことではありません。
もし第1志望の高校に入学できずに第2志望の高校に入ったとしても、そこで夢中になれる部活や趣味、心を許しあえる友人に出会えるかもしれません。合格と不合格、長い目で見てどちらが自分にとって良かったかは、誰にもわからないことだと思います。
まあ、とにかく明日からの県公立高校の入学者選抜を受ける人は、合否の心配などせずに、ガツンと全力をぶつけられるよう、今日は体調を整えてください。
あと、読書案内「こんなものを読んできた」の8回目を配信しました。今回紹介したのは、私が小学生の時に最初に買ったハヤカワSF文庫「スターウルフ」シリーズです。読んでほしい、というよりは思い出話ですね…。
2/17 いつの間にか無くなったもの
今日は本当にとりとめのないことを書きます。
先日、バス停でバスが来るのを待っていた時ですが、ふと「最近のバスには『ワンマン』の表示がないな」と思いました。割と最近まで、バスの前面、フロントガラスの下の方に「ワンマン」という表示があったような気がするのですが…。
といっても若い人たちにはそもそも「ワンマン」とは何か? がわからないかもしれません。
私が幼稚園生のころ(昭和40年代中盤)までは、車掌さんが乗っているバスが残っていました。乗車するときに乗車口で車掌さんに行き先を告げて切符を買い、降りるときは車掌さんに切符を渡す、映画「となりのトトロ」に出てくるようなバスです。それに対し新型の整理券と料金箱で料金を精算する、運転手さんしか乗っていないバスが「One Man(ワンマン)」です。
私はギリギリ車掌さんの乗ったバスを覚えていますが、古いボンネット型(運転席の前にエンジンルームが飛び出している)から、新型の箱型(今のバスのような形)の車両に置き換わるとともに、車掌のいるバスはどんどん減っていきました。私が小学校の中学年(3年・4年)になるころには、もうワンマンが当たり前になっていたように思います。そうなってくると別に「ワンマン」という表示はいらないはずですが、かなり最近までこの表示は残っていたように思います。
これらのことを考えるにつけ、私は昔の人の方が今の私たちより優れていたのではないか? と思います。バスに関しても、昔は2人乗務で運転手と車掌の二人に給料を払ってもバス会社の経営が成り立っていたわけです。またバスの路線網も今よりずっと細かく隅々まで走っていました。ところが、ワンマン化により人件費の大幅な節約ができたはずなのに、現在では赤字等を理由にバス路線はずいぶん減っています。自家用車の普及などによる乗客減なども大きいのでしょうが、それだけではないのではないかという気がします。
そんな感じで、いつの間にか無くなったものを考えていたら、「無人踏切」という言葉も死語だよね、と思いつきました。これもなぜ、「無人踏切」というのか、というと昔は「有人踏切」があったからです。踏切のところに保安員(踏切番)の詰め所があり、人が操作して遮断機を上げ下げするものです。もっともこれは大きな踏切だけで、小さな踏み切りは、遮断機も信号・警報機もなくてレールの間にわたり板が敷いてあるだけでした。
そんなに高給ではなかっただろうと思いますが、昔は踏切番という職業があり、その分雇用が確保されていたわけです。今でいうワークシェアリングというやつでしょう。それでも世の中は回っていましたし、また遮断機のない踏切が多くても、踏切を渡るときには左右を確認するという常識は、子供が一人で歩けるようになると同時に叩き込まれたので、あまり事故は起きませんでした。注意力や危険回避力といった点でも昔の人の方が優れていたように思います。
もう一つなくなったのものといえば、電話のダイヤルです。
ダイヤルとは、日時計の文字盤(サン・ダイヤル)のように、電話機の番号を打ち込む操作部が放射状になっていることからついた名前です。昔の電話はダイヤルの番号が書いてある穴に指を突っ込んで、かぎづめの位置まで回転させて離すと、ダイヤルがばねの力で元の位置に戻り、その時にリレースイッチを番号の回数だけ開閉させることで信号を電話交換機に送っていました。10桁の電話番号を送るのに、30秒以上はかかっていたと思います。
今やダイヤルはすっかり見なくなり、若い人は操作法もわからないでしょうが、いまだに電話をかけることを「ダイヤルする」と言ったり、コンピュータやスマホの電話回線に接続するためのアプリを「ダイヤラー」と言ったりするところに名残がみられます。
ダイヤルは今となっては信じられないほどかったるい装置でしたが、その一方でこの時代には、自宅、職場、親戚、仲の良い友人の家、行きつけの店など、よく使う電話番号の10件や20件は、覚えているのが当たり前でした。それに対し、現在はみんなスマホのメモリーに頼ってしまうので、下手をすると自分の家の電話番号も忘れてしまいます。これなども人間の能力の低下と言えるのではないでしょうか。
世の中が便利になったように見えて、その分人間の基本的な力が低下したのでは、これは進歩と言えるのかな? と思います。
2/12 もったいないお祭り
一昨日(10日)の夕方、私用で東京・虎ノ門の金毘羅宮の前を歩いていると、境内の神楽殿で月次祭の神楽を奉納していました。
せっかくなので私もロウソクを献納して参拝してきましたが、こんな立派な衣裳をつけて神楽を舞っているのに見ている人が数人しかいませんでした。
前任校のブログで紹介しましたが、虎ノ門の金毘羅宮は樹木が生い茂る境内にいきなり高層オフィスビルが建っていて、社務所はビルの1階、この神楽殿は地下駐車場の入り口の上に立っているという過去と現代が交差する面白い神社です。官庁・オフィス街のど真ん中なので、近所に住んでいる一般住民の氏子さんはあまりいないのかもしれませんが、せっかくの神楽を見る人が少ないのは、とてももったいない話です。
さて、昨日は「建国記念の日」でした。一歩間違えると炎上必須の超危険な話題であることは承知していますが、ちょっとだけ書きます(以下は埼玉県教育委員会や戸田翔陽高校の意見ではありません。)
現在2月11日が「建国記念の日」となっているのは、初代の神武天皇が即位した日付を、日本書紀では「辛酉年 春正月庚辰朔」としており、これを計算すると、紀元前660年の2月11日となるからです。この記述については「辛酉の年には王朝交代(革命)が起きる」とする中国の讖緯説の影響を受けているというのがもっぱらですが、今回話題としたいのは、建国に先立って神武天皇が九州の日向から畿内の大和へ攻め上ったとされる「神武東征」についてです。
私も地歴科の教員の端くれですが、私個人としては、この「東征」は何らかの歴史的事実の反映ではないかと考えています。
理由はいくつかありますが、第1に東征のルートや行動が合理的で現実味が感じられることです。神武天皇の一行(軍)は、九州の日向(宮崎・鹿児島)を出た後、豊の宇佐(大分)、筑紫の岡(北九州)、安芸(広島)、吉備(岡山)などに立ち寄り、場合によっては何年も滞在してから畿内にやってきます。これらはいずれも古代に有力な勢力があったところで、それらを一つずつ攻略したり味方に引き入れながら、進むのは理にかなっています。また、畿内に着いてからも、最初は大阪湾に上陸しようとしてニギハヤヒ、ナガスネヒコら大和の現地勢力によって撃退されてしまい、紀州の熊野から吉野地方へと迂回して背後から大和を攻めます。この正面攻撃失敗~迂回作戦へ切り替えという軍事行動もリアルで、この話を全くの空想とするのはむつかしいと思うのです。
第2の理由としては、昔の人にこの話を創作すべき理由などなかったのでは、ということです。もし古事記や日本書紀が大和王権の正当性をアピールしたいのであれば、何も天皇家が九州から攻め上って大和を征服した話など書かずに、天皇家は最初から大和にある天の香具山あたりに降臨したような話にしておいた方が簡単です。それがそうなっていないということは、古事記や日本書紀が書かれた時代には、一般の人たちにも「神武東征」の記憶が残っていて、それを覆い隠すのが無理だったからではないでしょうか。
第二次世界大戦のあと、戦前の皇国史観への反省から古事記や日本書紀の神話が徹底的に否定されていた時代がありました。私は、古事記や日本書紀に書いてあること(特に神代の部分)が、すべて歴史的事実とするのは困難ですが、そこにある程度の歴史的事実が反映しているものと見て研究すべきだろうと思います。
2/10 春の気配 & 読書案内配信しました。
先週、ふと気がついたら校長室前の植栽の紅梅がきれいに咲いていました。
この紅梅は、現在本校で行っている道路拡幅工事に伴い、最近植えられたものなので、どこかもっと暖かい地域で育てられていたものかもしれませんが、春の兆しを感じます。
さて、生徒向け読書案内の第7回を配信しました。ほぼ週刊ペースですが、生徒に勧めたい本にそんなに代わりはないので、前任校の時の案内の書き直しも結構あり、完全新作はいまのところ半分くらいです。
今回紹介したのはトレヴェニアンの「シブミ」です。日本文化をこよなく愛し、日本精神の真髄を追求するドイツ系ロシア人の殺し屋ニコライ・ヘルが主人公で、その行き過ぎ気味の日本愛から日本ではイロモノ扱いされていた作品ですが、現在のいろいろな面で地に落ちた日本の状況から見ると、高潔なニコライ・ヘルの精神を逆輸入したい気がします。よかったらみなさんも読んでみてください。こんなものを読んできた7HP.pdf
2/3 祝!打ち上げ成功 & でも壁が…
生徒向けの読書案内「こんなものを読んできた」(5)と(6)を配信しました。(5)では日本のSF「なめらかな世界と、その敵」、(6)では海外SF「プロジェクト・ヘイル・メアリー」を紹介しました。
こんなものを読んできた5HP.pdf こんなものを読んできた6HP.pdf
さて今朝、日本のH3ロケット5号機が打ち上げに成功したというニュースをやっていました。今回の打ち上げではGPS衛星の「みちびき」の軌道投入に成功したとのことです。GPS衛星は非常に高い軌道に正確に打ち上げる必要があるので、技術的に難度の高いミッションです。日本の宇宙技術の高さが健在であることが示されたのは、宇宙やらロケットやらが好きな私には、大変おめでたく気持ちのいいニュースでした。
とはいうものの、宇宙には私が子供のころから感じている憂鬱な壁があります。
それは、何かというと「光速の壁」です。ご存じの通り、宇宙では光より早いものはないということになっています。宇宙は広く星々への距離は光の速さでも何年もかかるほど遠いので、SF小説で描かれているように自由に星の世界を飛び回るためにはこの「光速の壁」を越えなくてはなりません。
従来の多くのSF小説ではこの光速の壁を越えるために、一瞬で空間を飛び越えるいわゆる「ワープ」のような技術を仮想していました。しかし、このような技術が実現できる可能性は極めて低いと思います。そうなると、光速を越えないスピードで宇宙を旅するしかないわけです。これだと一人の人間の寿命のうちに太陽系外の星へ行って帰ってくるのはほとんど無理そうです。
私は自分たちはともかく、未来でも人類が太陽系に閉じ込められていて、SFのように自由に宇宙を飛び回ることができない、というのが本当に嫌でした。
しかし近年になり、太陽のように惑星を持つ恒星は、昔考えられていたより沢山あり、中には地球とよく似た惑星を持っているものもありそうだということがわかってきました。上で紹介した「プロジェクト・ヘイル・メアリー」もそういう最近の成果を取り入れた小説で、主人公が目指すのは地球から12光年(光のスピードで12年かかる距離)しか離れていないタウ・セチ星系です。これくらいの距離なら光速に近いスピード(亜光速)が出せる宇宙船が作れれば、早く飛ぶ宇宙船上では時間がゆっくりになるという相対論的効果もあるので、人間の一生のうちに往復できそうです。
しかし、これも実際にはなかなか困難です。なにしろそんなスピードまで加速するには莫大な燃料が必要で、そんな量を積める宇宙船は作れそうにありません。今朝、打ち上げに成功したH3ロケットでも巨大な機体のほとんどは燃料タンクで、宇宙に行くのは先端の小さなカプセルだけです。それでもようやく地球から3万~4万㎞程度の軌道までしか行けません。
これまでに人類は月まで行きましたが、これは地球や月の引力を使ったスイングバイという方法によるものです。この方法では光速に迫るような加速は不可能です。この方法でも地球の隣の火星くらいまでは行けるかもしれません。しかし火星まででも片道数年という長い飛行が必要で、食料や水の確保、乗組員の士気や人間関係を保てるのかなどの問題があります。
この「人類が地球から出るのは容易ではない」という事実は、今はまだあまり問題ではないでしょう。しかしこの先人類の文明が発展を続けることができれば、いずれはこれが壁として立ちはだかります。その時に、未来の人たちはどうするのでしょうか? 人類はSF小説のように宇宙にまで広がっていくのか、それとも地球に封じ込められたまま終わるのか、とても興味深い問題です。
1/21 読書案内4号 & 余計な心配
生徒向け読書案内の4号を配信しました。今回はマンガ界の金字塔「ジョジョの奇妙な冒険」を紹介しています。私は小説でもマンガでも(その他でも)、元気や勇気をくれるのが名作だと思います。こんなものを読んできた4HP.pdf
さて、どうも最近年を取ったせいか、いろいろ余計な心配をしてしまうときがあります。
たとえば冬になると、温泉につかっているサルの映像がニュースで流れたりします。すごく気持ちよさそうですが、お湯から出た後はどうなっているのでしょうか。お湯からでたあと体をすぐに拭かないと湯冷めしてしまうのではないだろうか? とか、一度お湯に入ったら、もう出たくなくなってしまうのではないか? とか…。まあ、余計な心配で、おサルさんたちはなんとかやっているのだと思いますが…。
それ以外にも、最近、日本でも世界でも心配なことが増えてきました。前回書いたように、昔(20世紀・昭和)だったら当然守られるべきとされていた建前や節度がなくなって、やりたい放題、言いたい放題な人々が増えてきています。それらの言動は昔だったら周囲からとがめられていたと思うのですが、最近はそういう言動におもねる人も増えてきて、とても暮らしにくい世の中になってきています。
これらのほとんどは、一田舎校長の私などの及ぶところの問題ではないのですが、どうも気になります。
1/16 読書案内3号 & 「昭和の…」
生徒向け読書案内の3号目を配信しました。こちらのブログからもダウンロードできるようにしますので、よかったらご一読ください。こんなものを読んできた3HP.pdf
さて、最近よく「昭和の…」という表現を見かけます。「昭和レトロ屋台村」のようにノスタルジックな文脈の時もありますが(下の写真はフリー素材)、「時代おくれ」とか「古くさい」といったマイナスイメージのことが多いようです。「昭和のビジネスモデル」とか「昭和の価値観」とか…。しかし、バリバリ昭和生まれの私としては、それに異議を申し立てたいと思います。
皆さんご存知のアニメの「ちびまる子ちゃん」は1970年代の小学生で、私とほぼ同世代です。同級生の一人に花輪君という子がいます。執事が自動車で送り迎えし、夏休みや冬休みには海外で休暇を過ごすとても裕福な家の子です。しかし彼は、あまり裕福ではない家の子のまる子や、いかにも貧乏長屋の子といった「はまじ」たちと対等に接しています。自分の裕福な家庭環境を隠しもしませんが、その一方で自分もまる子たちも人として平等だと思っている感じです。まる子たちも花輪君をうらやましがることはありますが、卑屈にはなりません。
これが昭和の雰囲気です。令和の今より、ずっと人権や平等の意識、民主主義の理想などが強く存在していました。学級の係や委員を決める時も、担任の先生は男女平等を今より強く意識して指導していたと思いますし、「人は見かけよりも能力・人柄」という考えも強く、男女を問わず人の美醜を論評することは、少なくとも公式な場では憚るべきこととされていました(陰ではブスとかデブの悪口もありましたが)。これは敗戦・占領による民主化から20年~30年しか経過しておらず、その雰囲気がまだ残っていたからかもしれません。それが実現していたかはともかくとして、人権とか平等とかの理想や建前を今よりはっきりと言うことができたのが「昭和」でした。
これに対し今日の令和は、理想も建前も後退した本音丸出しの時代です。生まれた家庭の裕福さや親の社会的地位が子供の人生を決めるとする「親ガチャ」や、容姿に恵まれた者がそうでない者より優れているかのように振る舞う「ルッキズム」などが、批判されるでもなく「だってそれが世の中だろ。仕方ないじゃん」という妙な現実主義とともに横行しています。お年寄りを狙った「オレオレ詐欺」や「アポ電強盗」などは、昭和の悪人の皆さんも手口は思いつけたでしょう(なにしろ「3億円事件」をやってのけた人もいますし)。でもやらなかったのだと思います。ところが令和は、SNSで押し込み強盗の要員を募集すると素人の若者が躊躇なく集まってくる時代です。昭和に育った私から見ると、強いものの傲慢や横暴、差別が横行し、弱いものから奪うことを恥じない令和は、野卑で野蛮な時代に思えます。
今の日本では、経済も技術も世界水準から立ち遅れ、国民の間に格差と分断も拡がる一方ですが、その背景にはこうした精神の劣化があると思います。今こそ理想や建前をきちんと語れる「昭和」の精神を復活させるべきではないでしょうか。
1/10 三学期開始 & 読書案内始めました。
今週の8日(水)に始業式、9日(木)から通常授業が始まり、三学期が始動しました。
始業式の校長講話(「講話」というほどためになる話はできないんですが)では、本校の校長室には歴代校長の写真がないことを題材に話をしました。
上述のように本校の校長室には、校長室の必需品ともいえる歴代校長の写真がありません。通常だと写真が並んでいる場所には戸田翔陽高校初代(戸田高校から通算だと14代)の黒岩校長先生の書いた「一期一会」の色紙が一枚だけ掛かっています。
私が20年前に本校にいたときに、黒岩校長が「俺は写真を飾るのは嫌い」と言っていたのを覚えているので、「言ったとおりにしたんだなぁ」と思いますが、そうした理由は、きっとこの「一期一会」なのだろうと思います。「一期一会」とはもとは茶道の言葉で、人と一緒に茶を喫し語り合うその瞬間は、一回限り、一回勝負の真剣さで向い会うべきであるというような意味です。写真の額があれば、取り合えず「昔、そういう校長がいたんだな」という形は残せます(それを眺めるのも結構、面白いのですが…)。しかし写真はただの写真、かつて存在した人の抜け殻のようなものです。黒岩先生としては、そんな抜け殻にこだわるのではなく、校長として在任している間に、校長として何ができるか? ということに集中すべきだと考えていたのだろうと思います。
始業式では、生徒にその話から「毎日を一回勝負の真剣さで生きていきたいよね」と呼びかけました。
さて、そんなわけで私も校長として何かしなくてはならないと思うわけですが、昨年末から生徒向けに読書案内の配信を始めました。
私がこれまで読んできた本を生徒に紹介して、できれば読んでもらいたいというものですが、読まなかったとしてもこんな本があるんだ、と読んだようなつもりになってもらえればと考えています。それでいいのか?という方もいるでしょうが、私自身も新聞や雑誌の書評欄であらすじだけ読んで、読んだようなつもりになっている本が結構ありますので、それもありだろうと思います。大体2週間に一回くらいのペースで発信していきたいと思っていますが、少し遅れてこのブログにも載せていこうかなと思います。