忙中閑あり~校長室より
8/9 プチ史跡2(10)小田原城
今回も前回に続き「プチ」とは言い難いメジャーな史跡です。まずは花の写真から…。
7月末に行った小田原城のお堀のハスの花です。見事な大輪のハスでこのつぼみもハンドボールくらいの大きさがあり、とてもきれいでした。
小田原城には子供のころから何回か行ったことがあります。以前は復元されたコンクリート造りの天守閣だけしかなくて安っぽい感じだったのですが、近年、馬出門や銅門などが復元されすごく見ごたえのある史跡になりました。下の写真はお堀の外側から復元された馬出門を見たところです。敵の軍勢になったつもりでこの橋からお城の中に進むと、門の内側で四方八方から迎撃される構造になっていて、軍事施設としてのお城の構造がよく感じられます。
小田原城見学というと、駅からまっすぐ復元天守閣に通じる近道がありそちらを通ってしまいがちなのですが、小田原城の魅力を感じるなら、少し遠回りですが、この馬出郭から二の丸、本丸と上がっていくコースがおすすめです。
また時間に余裕があれば城内にある報徳二宮神社にもお参りしたいところです。この神社は勤勉と苦学力行の代名詞、二宮尊徳(金次郎)を祀った神社です。
二宮金次郎は薪を背負って本を読んでいる姿は有名でも、何をした人なのか? はあまり知られていないのではないでしょうか。金次郎は小田原近郊の農家に生まれましたが、少年の時に父母を亡くします。彼は勤勉さと工夫で借金と貧困に苦しむ実家を立て直します。その見事な手腕が有名となり、小田原藩内の武家の経営コンサルタントとして活躍します。これらの仕事にも見事な業績をあげ、様々な藩や幕府の仕事を任されるようになっていきます。
江戸時代の後半は乱開発や相次ぐ天災のため農地が荒れ、都会への人口流出も相まって、各地の農村が荒廃していましたが、二宮金次郎は、単なる倹約や勤勉だけでなく、経営資金の融資や相互扶助組織の設立など合理性に裏付けられた経営理論(報徳仕法)を用いて、農村の再建に活躍しました。
写真の二宮金次郎像は、報徳二宮神社境内にあるものですが、昭和3年に神戸の実業家中村直吉が慶寺丹長に作らせ全国の小学校に配布したものの内、唯一現存するものだそうです。この中村直吉による金次郎像の寄贈から全国の小学校で金次郎像を建てるのがブームとなったとする説もあるので、この像はかなり貴重なものなのでしょう。
さて、この日はなぜ小田原ヘ行ったのかと言いますと、メインはお城見物ではなく、定時制通信制体育大会のバドミントン競技の応援でした。日程の都合でバドミントンしか応援に行けませんでしたが、今年の定通大会では本校からは柔道、剣道、バレーボール、バドミントンと4競技も全国大会へ進みました。大会の様子や結果は各部のページに譲りますが、多部制で部活動の練習時間も取りにくい中で、みんな本当によく頑張っています。次の機会には、もっと他の種目の応援にも行きたいものです。
8/5 猛暑の中で
昨日、自転車で自宅近くの公園を走っていたら、百日紅(サルスベリ)の花を見つけました。強い日差しの下、ぼってり重たげに咲き誇る様子は、いかにも真夏の花といった感じです。
それを見ていて思い出したのが、昔、井上靖の「孔子」や白川静の「孔子伝」で読んだか、あるいは高校の漢文の授業で習ったか、論語子罕篇の「唐棣之華、偏其反而。豈不爾思。室是遠而。子曰、未之思也夫。夫何遠之有。」という一節です。
超訳すれば、
ある日、孔子先生が街で「唐棣の花がひらひら舞っている。君のことを愛しているんだけど、君の家はあまりに遠すぎるのさ」と歌っているのを聞いた。孔子先生は「それはまだ愛し方が足りないのだ。本当に好きなら遠くたって関係ないだろう」と言った。
という感じです。街で聞いた、というのは原文にはないので、昔、私が読んだか聞いたかしたお話で脚色されているようですが、ちょっとチャラい感じで歌を歌っている若者に「お前らの恋愛は気合が足りん」と喝を入れる孔子先生、いいお話ですね。
孔子は聖人君子の道を説く儒学の祖ですが、この話などを見ると孔子の説く道は、堅苦しいものではなく人間の柔らかな気持ちを大切にしたものだったことがわかります。また孔子は自分のことを「鄙事に多能(つまらないことをよく知っている)」と謙遜していましたが、若いころは恋愛でも頑張っていたのかもしれません。
ところでこの一節にでてくる「唐棣之華」を、私は長い間サルスベリだと思っていました。だから上の一節の場面も、夏の強烈な日差しに白茶けた街角、そこに涼しい影を落とす大樹があって、その下で若者が楽器を弾きながら歌っている…みたいなイメージをしていました。
ところが今回この記事を書くために調べてみたら、ネット上に「唐棣之華」をサルスベリとしているものは見当たらず、ほとんどの記事がスモモやニワザクラとしていました。だとすると季節感もだいぶ変わってしまいます。どこで勘違いをしたのでしょうか。「唐棣色」というのは、オレンジ色やピンク色のようですから、色的にはあっているのですが…。
毎日暑さが続きますが、夏至のころと比べると、朝夕、日がだいぶ短くなってきました。まだ黄色い胴体をしていますが、赤とんぼも山から降りてきました。明後日は立秋です。もう一息、健康に気を付けて夏を乗り切りましょう。
7/31 プチ史跡2 (9)ホフマン輪窯
今日も暑いですね。毎年、「暑い、暑い」言ってきましたが、今年の「午前中猛暑、午後夕立、雨が降っても蒸し暑さが増すだけ」という様子を見ると、気候変動の「危機」ではなくて、もう変動しちゃったという感じです。
その猛暑を押して、先週土曜日、全国歴史研究大会の巡検に行ってきました。鉄道博物館やら深谷の渋沢栄一関係の史跡やらをめぐりましたが、一番の目玉は旧日本煉瓦製造株式会社「ホフマン輪窯6号窯」です。
全体は楕円形をしていてレンガで作った巨大な落花生の殻のような感じです。きれいに積まれたアーチ状の入り口から中に入ります。
内部に入ると、分厚いレンガの壁が太陽の熱を遮るおかげかちょっと涼しい感じです。手前から奥の方へところどころ側面に出入口が開いたトンネルが見えます。このトンネルは楕円形にぐるっと一周しています。
レンガ造りでは、粘土をこねて作ったレンガを積む~封をして点火する~様子を見ながら燃料を投入する~焼きあがったレンガを冷ますという作業が必要ですが、「輪窯」では楕円形の巨大な窯を細かく区切り、区画ごとに作業のタイミングをずらして、ぐるぐる回るように切れ目なくレンガを作り続けることができるというわけです。
明治時代に西欧化のため急増したレンガ需要にこたえるべく、渋沢栄一らが中心となって日本煉瓦製造株式会社が設立され、明治22年にこのホフマン輪窯が建造されました。この場所が選ばれたのは、深谷は古くから良質の粘土が採れ瓦生産が盛んだったこと、近くを流れる利根川や江戸川を利用した水運が利用できることが理由だったそうです。
この工場で製造されたレンガは、東京駅や碓氷峠の眼鏡橋、迎賓館などにも使われたそうで、まさに日本の近代化を支えた産業遺跡です。
そうした歴史的な価値もさることながら、美しい曲線、曲面で構成された巨大なレンガ窯は見ごたえたっぷりで、工場好きや建築好きの人を満足させることは間違いありません。
ホフマン輪窯の外にも、この旧日本煉瓦製造跡には、明治時代に建てられた事務所や変電室も残っています。明治時代の建物はこういった実用的なものでも、端々に優雅な意匠が施されていて、見ていて飽きません。
今回は久しぶりに「プチ」とは言い難いまともな史跡でした。
7/19 学期末モード(2)終業式ほか
朝から猛暑ですが、皆さまはお元気でしょうか。
今日は第一学期の終業式でした。終業式では「三国志」の呂蒙の「士別れて三日なれば即ち更に刮目して相待すべし」の故事(*)を紹介し、夏休みには何か目標を決めて頑張ろう、という話をしました。
昼休みには戸田かけはし高等特別支援学校の皆さんが、実習を兼ねて野菜の販売に来てくれました。
戸田かけはしには小さいながらも本格的な水耕栽培設備や渡り廊下の屋上を利用したミニ農園などがあります。取れたてのレタス、枝豆、ジャガイモが格安とあって、あっという間に完売してしまいました。同じ敷地にある兄弟校ですから、これからも一緒に取り組める教育活動を増やしていきたいと思います。
(*)三国時代、呉の国の武将、呂蒙は勇敢だが無学な男だった。ある日、呂蒙は、主君の孫権から学問の大切さを諭されて一念発起し、学問にはげみ、文武とも一流の人物に成長した。その様子を見て呉の重臣の魯粛が言ったのが上の「士別れて三日なれば即ち更に刮目して相待すべし(人と三日も会わなかったなら、どのように成長しているかわからないから次に会うときには目をよくこすってしっかりと見なければならない、という意味)」というセリフ。
7/16 学期末モード(1)「交通安全教室」
うっとおしい梅雨空が続いていますが、学校では期末テスト、答案返却も終わり夏休みが間近です。今週から学期末らしく様々な行事が増えてきました。
今日の朝、一番似合ったのが「交通安全教室」です。JAFから講師の方を招いて講話をしていただくとともに、シートベルトコンビンサーという乗用車の衝突を再現するシミュレータでクラス代表の生徒たちがシートベルト体験をしました。
速度はごくゆっくり(時速20㎞以下?)なのですが、それでも体が大きく前方に振られ、もしシートベルトをしていなければ大変なことになることが実感できたと思います。
余談になりますが、今朝はエアバッグが開く瞬間をうまく写真にとることができました。これはスマホで撮りましたが、どんなカメラを使っていても、シャッターにはタイムラグがあるので、なかなか思ったようにはいかないものです(私が下手だから?)。こういうタイミングで撮れると気もちがいいですね。
あと、午後には第4回多文化交流バドミントン大会もありましたが、そちらは別のコーナーに記事が出ると思います。