校長室ブログ

忙中閑あり~校長室より

11/27 モンティ・ホール問題(解答編)

 前回の解答です。正解はマリリンの言う通り「変えた方が得」です。

 こう書くと、「なんで!? 1つが外れのドアが分かっていて、残り2つのうち1つがあたりなんだから、正解の確率は50%。どっちを選んでも同じなのだから、変えても変えなくても同じはず。」と思った方も多いのでないでしょうか?

 これはマリリンに反対した多くの人(数学の専門家含む)の意見と同じです。しかしこれは間違いです。それはなぜか? という説明はネット上にたくさんありますが、どれもわかりづらいですね。私の感覚では、この問題は理系的に数式を使うより、ゲームの流れに沿って物語的(文系的)に説明した方が、すっと理解できるように思います。

 上のように当たりのドアがAだったとしましょう。その場合のゲームの流れは下の3パターンです。

①観客がAを選んだとします。観客が選んだドアを開けると勝ち負けがわかってゲームが終わってしまうので、モンティはAを開けることはできません。BとCのどちらかを開けることになります。この場合、観客はAのまま変えないか、モンティが開けなかった方(Bを開けたらC、Cを開けたらB)に変えるかを選べますが、変えなければ当たり、変えれば外れです。

②観客がBを選んだとします。観客が選んだドアを開けると勝ち負けがわかってゲームが終わってしまうので、モンティはBを開けることはできません。当たりのAも同じ理由で開けられないので、モンティはCを開けることになります。この場合にCは外れなので、観客はBのままで変えないか、Aに変えるかを選ぶことになりますが、変えなければ外れ。変えれば当たりです。

③観客がCを選んだとします。観客が選んだドアを開けると勝ち負けがわかってゲームが終わってしまうので、モンティはCを開けることはできません。当たりのAも同じ理由で開けられないので、モンティはBを開けることになります。この場合にBは外れなので、観客はCのままで変えないか、Aに変えるかを選ぶことになりますが、変えなければ外れ。変えれば当たりです。

 このように「変えたとき」に外れるのは最初にAを選んでいたときだけです。最初にBとCを選んでいた場合には、変えれば当たるので、変えたときに当たる確率は2/3、外れる確率は1/3で、変えた方が得です。

 これは正解のドアがBやCであっても、文字が入れ替わるだけで同じことです。自慢じゃありません(と言いつつ自慢です)が、私のこの説明の書き方が、一番わかりやすいんじゃないかと思います。

 筋道通りに考えればすぐに理解できるのに、数学者の中にはこの結論に納得がいかず、コンピュータシミュレーションで何億回も試行して検証した人もいたそうです。人間って面白いですね。

 

11/25 モンティ・ホール問題

 先日、「情報」の授業を見学しに行ったところ、その中で「モンティ・ホール問題」に触れていました。

 この問題については、前々任校の時にブログに書いたことがありますが、もう削除されてしまっていますし、また自分でも時々おさらいしないと忘れてしまうので、備忘録のようなつもりでまた書いてみます。

 この問題ですが、モンティ・ホールというのは昔、アメリカで人気があったテレビ司会者です。彼の番組に、観客が舞台に上がり、3つあるドアから高級車の入ったドアを当て、当たれば車がもらえる、というコーナーがあったそうです。

 そのコーナーでは、まず観客は3つのドアから一つ選びます。

 その答えを聞いた後、司会者のモンティが外れのドアを1つ開けて教えてくれます。

 ここでモンティは観客に、「選んだドアを変えてもいいですよ。変えますか?」と尋ねます。

 さて、ここでドアを変えたほうが得なのか、否か? というのがモンティ・ホール問題です。

 1990年に、当時アメリカで天才として有名だった女性マリリン・サバントの「マリリンに聞け」という新聞コラムに、読者がこの問題について質問したところマリリンは「変えた方が得」と答えました。

 それに対し、数学の専門家も含むたくさんの人たちが、「変えても変えなくても、確率は同じ、マリリンは間違っている」と反論しました。中には「やはり女性は頭が悪い」と差別的な批判をした人もいたようです。

 さて、マリリンと批判した人たちのどちらが正しかったのでしょうか? 皆さんはどう考えますか? というところで次回へ続きます。暇な人は考えてみてください。

 

 

 

11/19 月夜・失われつつあるものなど

 昨日の帰宅時に東の空を見るとちょうど月が昇ってくるところでした。とりあえずスマホのカメラで撮った写真がこれです。

 

 月は露出オーバーで滲んでいるし、デジタルズームと増感の影響でザラザラに粒子が荒くなっていますが、たなびく雲がまるで昔の中国の屏風絵のようですし、手前の傘を持った人のシルエットもちょっと不思議な感じで、なかなか面白い写真になりました。

 さて、話は全く変わりますが、先日、ちょっと用事があり久しぶりに秩父鉄道に乗りました。東行田で降りたのですが、いつの間にか無人駅になっていました。帰りに熊谷の駅で聞くと、秩父鉄道はほとんど無人駅になってしまったとのことでした。数年前にSUICAが使えるようになって、秩父鉄道も近代化したな、と思っていたのですが、それは無人化の前触れだったのですね。

 それに伴いなくなりつつあるのが、硬い紙の切符(硬券)です。今あるものを売り切ったらもう新しいものは作らないようなので、記念に1枚買っておきました。私が小さい時には、切符と言ったら硬券で、窓口で「○○まで子供1枚」と言うと、駅員さんが行先、金額別に斜めに切符がさしてあるフォルダーから引き抜いて渡してくれました。なお、子供用の場合には、はっきりわかるように切符の「小」と書いてあるところの斜め線をハサミでチョキンと切ってくれました。駅にある切符フォルダーがかっこよくて好きだったのに、もうすぐ見られなくなりそうです。

 なくなりつつあるといえば、日本といわず海外といわずなくなりつつあるのが「建て前」を守る精神です。なんとなく世の中では「建て前ばかり言うな」とか「本音で生きろ」のように、「建て前」というのは悪いもののように言われています。しかし、私は「建て前」を守ってこそ、人は立派に生きられるのだと思います。

 たとえば、人を人種や肌の色で差別してはいけないという「建て前」や人の物を盗んではならないという「建て前」は守らなければなりません。ところが近年は、日本でも海外でもそういう建て前を踏みにじり、言いたい放題、やりたい放題、自己都合丸出しの人がまかり通る世の中になりつつあるようです。従来は洋の東西を問わず、本音(欲望や感情)をコントロールし、建て前(公益や理性)と両立できる人が立派な人として尊敬され、そうなるために人は学問や修養を積むべきだとされてきたはずです。やはり人間は、「あるがまま」「そのまま」ではだめだと思うのですが。

11/7 後夜祭(2)花火!

 今年の翔陽祭は開校20周年ということで、後夜祭で花火をあげました。

 予算の関係もあり、そんなにすごいものではないだろうと思っていたのですが、ところがところが予想外にすごかったです。距離が近いせいもあるのでしょうが、本校上空に大輪の花が次々と開いて、感動しました。花火屋さんはかなりサービスしてくれたのでは…。ありがとうございます。

 スマホのカメラなので、今一つすごさは伝わらないかと思いますが。とりあえず写真を上げておきます。

 

 

11/7 翔陽祭、大詰め

 先週から休みを挟んで開催されている翔陽祭も、今日の体育祭と明日の総合閉祭式を残すのみです。

 今日の体育祭は北風は冷たかったものの、雲一つない青空となりました。100m競争や対抗リレーのようなガチな競技から、大玉運びや障害物競走のような色物競技まで、熱戦が繰り広げられました。それにしても今日は光が強く澄んでいて実に写真日和でした。本日のベストショットはこれです。

 

 本日の大トリ、男子対抗リレーです。バトンを振り上げてゴールをする瞬間の影が面白くとれました。

 ちなみに今これを書いているすぐそばの中庭では、土曜日に雨で延期になった中夜祭を後夜祭に改めてやっています。参加自由なのに、たくさんの人が残って盛り上がっています。周囲が暗くなっているとネオンも照明も映えますね。やはり文化祭は秋が深まってからがいいですね(ちょっと寒いですが…)。

 

 

11/1 20周年記念行事・翔陽祭始まる・憧れの苔玉

 今日から翔陽祭が始まりました。

 今日と明日(要事前予約)の文化祭、来週の体育祭を合わせて翔陽祭です。熱く楽しい1週間になると良いのですが。

 翔陽祭の開催式に先立って、本校の20周年記念行事を行いました。本校が平成17年4月に埼玉県で初めての「パレットスクール(多部制・単位制総合学科)」として誕生してから今年でちょうど20年です。第2代から第7代まで歴代の校長先生が、お祝いに駆けつけてくれました。初代の黒岩校長先生だけは、すでに亡くなられているので御招待できませんでしたが、私が以前、教員として本校に勤めていた時に直接ご指導いただいた校長先生でしたので、あまりに早い御他界が惜しまれてなりません。

 翔陽祭開催式では、有志による合唱や軽音楽部のバンド演奏などに加え、教員バンドの参加(写真下)もあり、大いに盛り上がりました。

 文化祭の校内公開では、お隣の戸田かけはし高等特別支援学校のお店で苔玉を購入しました。私は子供の頃から、盆栽とかつりしのぶとか、苔玉などのようなものが大好きで、苔玉は憧れのアイテムでした。小学校低学年のころ仲が良かった友達の家にたくさんの盆栽があって、遊びに行くと何かして遊ぶより、見事な盆栽を見る方が楽しかったのを思い出します。

 そのころ(小学校低学年)の私の夢は、一日も早く定年退職して盆栽や苔玉づくりでもしながら、のんびり引退生活をすることでしたが、実際自分が還暦を過ぎてみると、どうもそういうわけにはいかない感じになってきました…。せめて今日買った苔玉を心の友として大事にしたいと思います。

 

 

 

 

10/28 もうすぐ「翔陽祭」

 秋も深まりだいぶ寒くなってきました。近年は「暑い」から「寒い」までが、ほんの半月くらいで変化するので、この週末などは半そでの人もいればコートで冬支度を固めた人までいるというカオスな状態でした。

 さて、今週の金曜日から一週間にわたり「翔陽祭」が開催されます。文化祭と体育祭を合わせて「翔陽祭」ですが、今年はそれに20周年記念行事も加わります。その中の11月2日(土)は文化祭の一般公開です。(入場には事前予約(締め切り済み)が必要です。予約されていない方の御来校は申し訳ありませんがお断りします。)

 と、こう書くと「え、今頃文化祭なの!? 遅くない?」と思った方もいるかもしれません。現在、全日制普通科の高校の文化祭はほとんどが9月初めから中旬までで、専門高校も10月中旬くらいが多いので、11月初めに文化祭を開催する本校は、珍しく見えると思います。

 しかし私が高校生の頃は、いわゆる進学校と言われるような学校でも文化祭は、早いところで9月中旬、遅いところでは10月上旬ころに実施していたと思います。当時の文化祭にはグラウンドでキャンパスファイヤーをして盛り上がる「後夜祭」がつきものでした。ある程度、日が短くなって後夜祭の時間に暗くなっていないと、焚火や花火が映えないので、あまり早い時期には文化祭を設定しにくかったと思います。本校の「翔陽祭」は古式ゆかしい伝統を受け継いだもの、ということになります。

 ところが、1990年代から「大学受験に向けての切り替えを早くするため」というのを理由に、いわゆる進学校から文化祭を前倒しするところが増えてきました。その動きがあっという間に広がり、文化祭と言ったら9月初めという今日の状況が作られました。

 しかし私は、文化祭はそろそろ10月~11月に戻してもいいのではないか? と思います。

 現在の9月初めの文化祭では、暑すぎて様々な弊害が起きています。まず食中毒が怖くて迂闊に食べ物の模擬店などはできません。次に生徒やお客さんの健康を考えると、冷房をフル回転させざるを得ませんが、電気代は一年間のピーク電力によって決まりますので、文化祭の日にどんどん電気を使うと、そのあと1年間の電気代すべてが引き上げられてしまいます。

 そもそも、文化祭を早めた大きな理由は大学受験でしたが、それが一番厳しかったのは、第2次ベビーブームと言われた1970年代生まれの人たちの時代でしょう。子供の数は今の2倍、大学の数は今の半分くらいだったので、ざっくり言って大学に入るのは、今の4倍むつかしかったことになります。それに比べれば、現在の大学受験は楽なものですし、さらに年々、同世代の人口は減少し、大学受験は易化の一途です。もはや、大学受験は文化祭を早める理由とはなりにくくなっています。

 それに昔の大学受験が厳しかった時代にも、難関大学に受かるような高校生は、部活動や文化祭準備などと勉強のメリハリをきちんとつけて両立させていました(私はダメでしたが)。文化祭と受験勉強の両立もできないようでは先が思いやられます。

 現代は何かというと「自己責任」と言い出す時代なのですから、この辺も自己責任でいいのではないでしょうか。

10/19 小話3編

 中間考査も終わり2学期後半です。

 本日は土曜日ですが、中学生向けの体験授業を行っています。多くの中学生の皆さんに来ていただきました。私が昔、本校で体験授業をやっていた時は、エジプト象形文字で御札を作ろう、みたいなことをやっていた気がするのですが、今日の体験授業は、わりといつも通りのガチな感じのものが多かったように思います。ですが、妙に甘い授業をしたりしない方が、「高校に入学したらこんな感じなんだ」と理解していただけて良いかもしれません。

 さて、先日のスーパームーンは見ましたか?

 今年一番に大きな月、というだけあってすごい明るさでした。上の写真もF5.8で1/150という普通に昼間にスナップをとるような絞りとシャッタースピードでとったものです。ご近所の家からも月見をしているような会話が聞こえてきて、秋には月見という伝統文化が根強く残っている感じでした。

 秋、といえば、本校の裏庭に2本あるのザクロの木の実が赤く色づいてきました。

 

 まだちょっと熟し方が足りませんが、もう少しして実が割れてきたら食べごろになります。ザクロの実は、中の種をくるんでいる赤いゼリーのような部分が食用で、甘酸っぱいベリー系の味がします。

 20年前の本校の生徒にはザクロの実をとってきて食べる人が結構いましたが、今の生徒たちはどうなのでしょうか。最近のなんでもきれいに加工されたものしか食べたことのない人たちには、はじけて割れた実の中から赤いぶつぶつをすくいだして食べる、などというのは汚らしいような感じがしてだめかもしれません。

 

 試しに1個切ってみましたが、まだ皮に割れ目も入っていない実なので、中身も青臭い味がして食べられませんでした。よく時期を見計らって鳥に食べられないうちに収穫したいと思います。

 

 

10/14 「人間性のある社会」

 朝夕の空気が冷たくなってきて、どこからともなく金木犀の花の香も漂ってくるようになりました。今日は休みですが、この先、予定が立て込んでいてしばらく更新できないかもしれませんので、更新しておきます。

 先週の金曜日、「全国高校総合学科教育研究大会」に行ってきました。研究発表の後の講演は、ハッシャダイソーシャル共同代表の三浦宗一郎氏でした。ハッシャダイソーシャルは、"すべての若者に自分の人生を自分で選ぶ力を"をヴィジョンに若者のキャリア教育や自立支援を行う一般社団法人です。団体名のハッシャダイは英語とかではなく、若者たちを世の中に飛び立たせる「発射台」という意味だそうです。

 

 三浦氏の講演で、心に一番残ったのは「子供たちに『社会性のある人間になれ』というなら、社会も『人間性のある社会』になるべきだ」というところでした。

 「社会性」とは何か、というそもそもの問題はおくとして、一般的に「社会性のある人間になれ」とは、「元気よく挨拶ができ、場の雰囲気を読んで、人とうまく楽しく付き合える人になれ」というような意味だと思います。こういった人であれば、仕事をしていくうえで困ることも少ないでしょうし、会社やら社会やらにとって「使い勝手」の良い便利な人材(人財)でしょう。しかし、全ての人にそういう人間であることが求められるとすると、恥ずかしがり屋で人と一緒にいるより一人で何かをしている方が好きだ、という人はどうしたらいいのでしょう。

 前回、私は「子供たちに望ましい個性だけを求めるのでは、本当の個性尊重ではない」という話を書きました。三浦氏のお話は、それと同じところに根があるもので「子供たちに集団(社会)に溶け込むように強制するのではなく、社会の方が様々な子供を受け入れる寛容で優しさのある社会になるべきだ」という趣旨だと思います。非常に共感させられる講演でした。

 「昔はよかった」という話をするのは年寄りの証拠ですが、老人の特権でもあります。その観点で言いますと、今の社会は、私が若かったころ(1980~90年代)にくらべてあらゆる面でずっと不寛容だと感じます。芸能人などは私生活の問題やちょっとした言葉遣いの誤りなどがあれば、ものすごい勢いでバッシングされますし、一般人の我々も周囲から非難されないために、わずかな落ち度もないように神経をすり減らして生きています。私にはこういった現代の不寛容は、正義感からというより人の非をあげつらって叩くのを楽しむといった貧しい品性から発しているように思えます。

 それに比べ1980~90年代はバブル全盛で経済的に余裕があったからかもしれませんが、人々は今よりもずっと機嫌がよく人に思いやりがありました。このように書くと、現在の方が様々な面で人権意識などは進歩していると反論する人もいると思います。しかし少なくともこの時代に「新幹線のグリーン車に子供を乗せるな」とか「高齢者は社会負担だから自決しろ」とか、そういったことを真顔で恥ずかしげもなく発言する人はいませんでいた。景気の良い時代には、自分と他人の差異や他人の不手際に目くじらを立てて差別したりいじめたりしなくても、人々にはもっと楽しいことがありました。

 孟子は「恒産なくして恒心なし(人心を安定させるためには、経済的に安定させることが必要、という意味)」と言いましたが、人にやさしい社会を作るためには、衰退した経済力を立て直し、生活に不安のない社会を作るしかないと思います。

 

10/7 生活体験発表会に行きました。

 本校では明日から中間考査です。生徒の皆さんは頑張ってください。

 さてこの前の土曜日(10月5日)に、桶川のさいたま文学館で開かれた埼玉県高等学校定時制通信制「生徒生活体験発表会」(定時制通信制教育振興会主催)に行ってきました。

 

 県内の定時制高校に通う15人の生徒の皆さんが、自分の生活体験を発表しましたが、どの人も率直に自分の体験を語っていて、今、この時代に定時制・通信制高校に通う皆さんのリアルを感じました。特に一人の人が、「小学校や中学校で、個性が大切、個性を伸ばせと言われたのに、自分らしくあろうとすると先生たちから厳しく指導され、つらかった」というようなことを話していたのは、心に響きました。

 現行の学習指導要領ではあまり使われていないようですが、以前は教育関係の様々な文書で「望ましい集団活動」とか「望ましい人間関係」とかのような形で「望ましい」という言葉をよく見かけました。そして、これらを通じて最終的に「望ましい」個性や資質を育成しようという考え方がありました。私はこれが、ずっと疑問でした。個性というのは本来、方向性がないものです。個性を伸ばすと言っておきながら、それに「望ましい」というフィルターをかけたら、それはもう個性の尊重ではありません。それにその「望ましい」というのは誰にとって望ましいのか、誰がその基準を決めるのか、その主語を隠したまま漠然と「望ましい」というのはとても胡散臭い感じです。学校や教育は、個性の領域にまで口を出すべきではないような気がします。

 また近年のこの「個性尊重」で、「自分らしく」とか「かけがえのない自分」とか言いすぎたせいで、「自分は何のとりえもない。全然、特別な存在じゃない」と苦しんでいる子供たちも少なくないような気がします。

 私などは、自分がそんなに「特別」じゃなくてもあまり気になりません。仕事の面でも県内に100人以上いるごく普通の校長の一人で、仮に私がいなくなったとしても、すぐに誰かがその穴を埋めるでしょう。趣味に関しても。模型工作はキャリアが長いだけあってそこそこの腕前ですが、プロモデラー(そういう仕事が世の中にはあります)になれるほどではないし、ランニングも近所の運動公園のジョギングコースを走っている週末ランナーの中では早いほう、という程度です。しかし、まあそれで充分で、それ以上になろうとは思いません。

 最近の教育施策のキーワード「個別・最適化」に真っ向から喧嘩を売るようで、ちょっとまずいかな、とは思うのですが、私個人としては、教育において無理に「個性を伸ばせ」とかいうのはやめたらどうかと思っています。「学校は一般的な社会人としての標準的な能力を目的とした教育をする場である」と明言して、一定の水準を保つ努力をしたほうが、教える側、教えられる側ともに楽になるのではないか、と思います。「それでは個性や資質がつぶれてしまう」とおっしゃる方もいるかもしれませんが、私は別に個性的な生徒を抑圧しろと言っているわけではありません。本当に優れた個性や資質なら、放っておいても伸びていくはずです。それに学校がとやかく言うこともないでしょう。繰り返しになりますが、無理にすべての人が「特別な自分」になる必要などないのですから、そういった「特別な自分」プレッシャーを子供たちにかけるのはやめようというだけです。

 と、そんな感じでいろいろなことを考えさせられた1日でした。