忙中閑あり~校長室より
9/19 どんな本を読むべきか?
今日の朝は久しぶりに半そでだとちょっと肌寒いほど涼しくてホッとしました。でもまだ暑さのぶり返しはあるようです。このブログを読んでくださっている皆様、お体ご自愛下さい。
さて、前々回(9/8付け)のこのブログで、小学校の先生に対する批判めいた感じのことを書いたので、皆さんの中には「この人は小学校の先生が嫌いだったんじゃないか?」と思った人もいたのではないでしょうか? 実はその通りです。理由はいくつかありますが、強いて言うなら当時の先生には「のぞましい子供像」を押し付けてくる人が多かったからです(もちろん尊敬できる先生も何人かいましたが)。
で、今回のお題につながるのですが、当時の小学校の先生には、読書の面でも「情操を豊かにする」本ばかり読ませようとする人が多かったように思います。小学生の頃の私はそれが性に合いませんでした。ついでに言うなら私の母親も「情操」とやらが好きでいい迷惑でした(親不孝な言いぐさですが、本当にそうでした)。
たとえば当時の先生がよく勧めてきたのは、リンドグレーンの「長靴下のピッピ」とか、ウィーダの「フランダースの犬」とか、ドーデの「最後の授業」などの「良書」でした。まあ一応私も読んでみました。リンドグレーンなどには、今読めば子供の時には感じなかった何かがあるのかもしれません。しかし「フランダースの犬」のラストには、「おとなしく凍死するくらいなら、どんな生き方でも生き延びた方がいい」と感じました。「最後の授業」では「アルザス・ロレーヌがドイツ領に編入され、明日から学校でフランス語が使えなくなる」のが悲劇とされているのですが、妙に歴史マニアだった私は「ドイツ系住民もたくさんいるのだから、その人たちは喜んだんじゃないか?」とか考えてしまったわけです。で、先生にその辺の疑問をぶつけると、ひねくれた読み方をする困った児童という扱いになってしまい…。
同じように、夏休みの宿題でよくあった「読書感想文」も先生たちの想定する「のぞましい感想」でないと評価されなかったように思います。たとえば太宰治の「走れメロス」という作品があります。一般的には「メロスとセリヌンティウスの篤い友情と信頼で、人間不信の王様も改心した」お話とされ、読書感想文にも期待されているのは、その線でしょう。
しかし、私はこの作品には全体になんとなく皮肉っぽいトーンが流れているようで、作品そのものが太宰治の壮大な冗談ではないかと考えてしまいます。「走れメロス」については、米澤穂信の「氷菓」シリーズの中にも、主人公の折木奉太郎が、さまざまな突っ込みを入れてミステリー作品として読んでしまう、というお話がありますが、とにかくそんなに素直に読んでいい(もちろんそう読んでもいいですが)作品ではないと思います。
話が長くなりましたが、何が言いたいのか、というと「何を読んで、どう感じるか」などは自由でいい、ということです。私も「こんなものを読んできた」でおすすめの本を紹介していますが、それは自分が読んで面白かった本を紹介しているだけで、それ読むかどうかはみなさんの勝手です。
世の中には、明らかに科学的におかしなことが書いてあったり、極端な思想で事実を捻じ曲げたりのいわゆる「トンデモ本」があります。子供たちがこの手の本を読んで、それに染まったら大変だという考えもあるでしょうが、これらも含めて「何を正しいと思い、何を信じるか」は、多くの本を読み様々な知識を得たうえで自分で考えればいいことだと思います。
9/12 プチ史跡巡り2「飯田橋周辺」 & こんなものを読んできた28
今日の午前中、ちょっと出張で飯田橋まで行ってきました。少し早めについたので江戸城の牛込門跡の石垣を見てきました。
飯田橋駅の西口を出ると、駅前の道を挟んで両側に牛込門の跡の石垣が残っています。門そのものは明治に入って間もなく撤去されたのですが、土台の石垣は残されました。これだけ堅固なものを撤去すると工事の手間と費用も馬鹿にならないからでしょうか。
また駅前には牛込門の石垣に使われていた石も野外展示されています。側面にこの門の工事を担当した蜂須賀阿波の守の名が刻印されています。東京の皇居周りにはこういった遺跡・遺構が点在していて楽しいですね。
次は飯田橋の駅の中です。これは帰りに撮りました。
飯田橋の駅は現在は西口側に中心が移っていて、東口から入ると電車に乗るまでに使われていないホーム東側の部分を100m以上歩くことになります。この古いホームの部分の屋根は柱が曲線でそのまま梁に変わるとても美しい構造をしています。そして、この柱の鉄骨はよく見るとレールを曲げたもののようです。
柱のクローズアップです。車輪がのる上面が内側、枕木に接する下面を外側にして2本束ねて柱にしていることがわかります。
昔はあちこちの駅でこういったレールを構造材に使ったホームの屋根がみられましたが、最近は建て替えられて少なくなってきました。飯田橋の駅のここの屋根はそれらのうちでも美しいものの一つだと思います。
さて、もう一つのお題、「こんなものを読んできた」。今回はハインラインの「大宇宙の少年」です。私は子供のころに夢中になって読んだ記憶があるのですが、他にもこの作品を読んでSF好きになったという人がたくさんいるようです。こんなものを読んできた28(大宇宙の少年)web.pdf
9/8 プチ史跡巡り2 やはり遺跡でしたか!
9月に入り、日差しはやや弱まりましたが、暑いですね。「暑さ寒さも彼岸まで」のことわざ通りになればよいのですが。
さて、今日はちょっとだけです。
このブログでも、たびたび「土の盛り上がりをみると古墳に見える病気」を発症している私ですが、その原点は、子供のころ住んでいた見沼区大和田にあった謎の土の山でした。
東武野田線(最近はアーバンパークラインと言うそうですが)の大和田駅の南方数百メートル、子供のころ私がよく虫取りでうろついていた雑木林の中に、長径20m、短径15mくらい、高さ2~3mほどの土の小山がありました。
小学館の「マンガ日本の歴史」や学研の学習百科事典を読破して、妙に歴史や考古学が好きだった私は、「これは古墳かも?」と考えました。そして、この小山の近くの農家(このお宅では金魚を養殖していたので、たまに買いに行ってました)の人に聞いてみたのですが「わからない」とのことでした。そこで小学校の先生にも聞いてみましたが、「こんなところに古墳があるわけない。」と言われました。当時の私はまだ素直で、先生は何でも知っていると思っていたので、「じゃあ、違うのかなぁ」と思ったものです。
さて、この間、このことを思い出して、前にも利用させていただいた国土地理院の陰影図で見てみました。昔、私が不思議に思った場所には、ちゃんと小山が二つ表示されています(13の数字左上)。
その同じ場所を、さらにさいたま市遺跡地図(この地図も便利で素晴らしいです。)で見ると、二つの山のうち、北側の方が赤くなっていて遺跡番号「12-209」となっています。
詳細な情報を見ると、ここは「埋蔵文化財包蔵地」「塚・散布地」「中世」とのことで、古代の古墳とはされていませんが、人為的な塚として認定されています。また古代には13の数字左の黒点の交差点の少し南まで見沼の入り江が細長く入り込んでいたようです。ここの十字路の東西の道は大宮と岩槻を結ぶ古い街道で、辻には今も六地蔵が残っています。この周辺は昔は何らかの重要ポイントだったのかもしれません。
50年以上、ずっとこの問題が頭に引っかかっていたのですが、古墳かどうかはさておき「遺跡ではないか」と思った私の直感は間違っていなかったのですね。思わず大威張りしてしまいました。
それにしても小学校の先生は何を根拠に「古墳のはずがない」と断言したのでしょう。歴史を商売とする人の端くれになった今の私の目から見れば、大和田の周辺は低地と台地の境目で中世の城塞や館の跡なども点在し、中世の塚や古代の古墳があってもそんなにおかしくない場所なのですが…。なんか微妙に子供の夢をつぶされたような気がします。私だったら、「そうかもしれないね。調べてごらん」と言ったと思うのですが。
上記の地図の引用については一応学術・教育目的の利用条件には合っていると考えていますが、もし不都合があればお知らせ下さい。
9/2 こんなもの読んできた27 & 初めて見ました!
夏休明け最初の「こんなものを読んできた」は、アイザック・アジモフの「銀河帝国興亡史」です。本文中にも書きましたが、私が中・高生のころ、SFファン界隈では「銀河帝国興亡史」を読んでいないと、「もぐり」「素人」扱いされ軽蔑されたものでした。私はひねくれ者だったので「だったら俺は読まない」と決心し、50年近くこの作品に背を向けていましたが、もうそろそろ読んでもいいかと思い、今回ようやく読破しました。
さて、出勤途中にこんなチョウを見ました。
私がこれまで見たことのないチョウだったので、調べてみたらおそらくムラサキシジミのようです。シジミチョウの仲間は体も小さく羽根を閉じていると目立たないのですが、羽根の内側が美しい金属光沢をもっています。しかしスマホを構えて待っていても、なかなか羽根の内側を見せてくれません。そこでちょっと気の毒ですが、飛んでもらうことにしました。(下記のリンクをクリックすると動画がダウンロードできます)
VID_20250902_064011387 - Trim.mp4
動画は一瞬過ぎるので、ファイルからフレームを抜き出してみました。形はぶれていますが、深い青色はわかると思います。
シジミチョウの仲間には、他にも羽根の内側が鮮やかな緑色のミドリシジミや、きれいなオレンジ色のベニシジミ、白銀色のウラギンシジミなどきれいな蝶がたくさんいます。そこら中の芝生や草むらで見かけるヤマトシジミ(1センチ5ミリくらいの白っぽいチョウ)も、よく見ると羽根の内側が金属光沢のある薄いムラサキ色でなかなかきれいです。
今回見つけたムラサキシジミは色がきれいなだけでなく、幼虫の時にアリを引き付ける匂いを出して、アリに自分の護衛をやらせる不思議な習性をもった蝶としても有名です。日本では割と広い範囲に生息しているようですが、私は初めて見ました。こういったことがあった日には、何かいいことがありそうです。
8/22 こんなものを読んできた26 & 「上り坂の時代」
「暑い」といってもどうしようもないですが、暑いですね。
夏休みも終盤ですが、みなさん、夏休みにやろうと思っていたことはできましたか。
さて、ここのところ、マニアックな古書を取り上げることが多かった「こんなものを読んできた」ですが、今回は若い人にも手に取ってもらえそうな昨年のベストセラー「成瀬は天下を取りにいく」を紹介しました。ベストセラーになるだけあってすごく面白いですが、それだけではないものもある作品だと思います。こんなものを読んできた26(成瀬は天下を取りにいく)web.pdf
今日のもう一つのお題ですが、先日、こんなものを買ってしまいました。
Fujica35Mという古いカメラです。昔、私の父親(もう故人です)が愛用していたカメラの同型品です。今のカメラにはない全金属性のずっしり感がたまりません。
興味のない方には恐縮ですが、Fujica35Mは撮影対象との距離を測る測距儀が内蔵されているレンジファインダータイプのカメラです。
測距儀の原理について簡単に説明します。周りの物を片方ずつ目をつぶって見てみましょう。近くにあるものほど右目と左目で見え方が違うはずです。人間は脳内でこの見え方の差を分析することで立体感を感じています。測距儀にも人間の目のように左右に離れた二の窓があり、外部の風景(光)を取り込んでいます。この左右二つの窓の映像を人がのぞき込むファインダーの中央に鏡やプリズムを使って重ねて映し出すのですが、この映像は近いものほど左右にズレて見えます。このズレがなくなるようダイヤルを回して調整してやると、ダイヤルの回転量で対象物への距離が測れます。光学技術と機械技術を合わせたすごく巧妙な仕組みです。
さらに私が入手したFujica35は後期型のMLというタイプで、シチズン製のLVシャッターという仕組みもついています。
興味のない方にはますます恐縮なのですが、写真というのは絞りを開いてとると、ピントの合う範囲が狭くなってボケやすくなります。手前の被写体だけピントが合っていてバックがボヤっとしている写真がありますが、これは絞りを開いて撮影しているわけです。逆に絞りを閉じるとピントの合う範囲が広くなって、後ろの方から前の方までくっきり映ります。ただ絞りの開閉に合わせて、シャッタースピードも速くしたり遅くしたりしないときれいな写真はとれません。
LVシャッターではこの複雑な調整をコンピューターの助けを借りず、歯車やカムだけで実現しています。同じくらいの明るさでボケ方の違う写真を、一つのダイヤル操作だけで撮ることができる精巧な仕組みです。
Fujica35は1957年に発売され、翌1958年のベルギー万博で銀メダルを受賞しています。日本の工業技術が欧米の物マネを脱して、本家欧米をしのぐ品質を誇るようになっていった時代です。まさに日本が上り坂の時代の製品です。
今の日本は打って変わって産業や技術が低迷し、そのうっぷんを晴らすかのようにネット上での揚げ足取りやヘイトが横行しています。投資や金融、ICTもいいですが、農業や工業で物を作りださなくては、根本的な豊かさは増しません。このカメラを作っていた時代のような、まじめなものつくりをする国に戻らなくては、と思います。
ちなみにこのカメラの発売価格は15,900円でしたが、その年の国家公務員の初任給は9,200円だったそうです。くそ真面目で朴念仁の見本のような私の父が、給料の2か月分に近い(今で言ったら40万円くらい?)カメラを買っていたとは驚きです。実は結構な趣味人だったのかなと思います。