忙中閑あり~校長室より
11/6 祭のあと & こんなものを読んできた第32回
昨日の体育祭、本日の総合閉祭式をもって今年の翔陽祭が終わりました。活気に満ちた祭のあとはどことなく寂しいものです。とは言え、生徒諸君は虚脱していないで、また来週から元気に学校に来て下さい。
終わったといえば、翔陽祭と並んで全国の話題を集めた2025大阪万博も先月終わりました。主催者は2500万人以上の来場があった、と発表していますが、私を含め私の周囲で行ったという人はほとんど見当たらないのですが…。不思議ですね。
同じ大阪万博でも1970年の大阪万博では、今回をはるかに超える国民的な熱狂がありました。海外からの観光客が今ほどいない時代に、6400万人の来場があったということです。私も学研の「科学と学習」別冊ガイドブックを暗記するほど読んでは、親に連れて行ってくれるようにせがんでいましたが、だめでした。(当時の私の家の経済状況を考えれば無理もないのですが、ずいぶんと親を困らせたと思います。)
この1970大阪万博の最大の目玉は、その前年にアポロ11号が月から持ち帰った「月の石」の展示でした。それらの影響もあって、このころ子供だった私と同年代の人たちには「宇宙が好き」という人がたくさんいます。今回の「こんなものを読んできた」第32回は、その宇宙大好き世代の仲間、あさりよしとおさんの「アステロイドマイナーズ」を紹介します。かなりビターな内容ですが、それでもやっぱり人類は宇宙へ出ていくべきだ、というメッセージを感じます。こんなものを読んできた32(アステロイド・マイナーズ)web.pdf
11/1 翔陽祭第1の山場
今日は翔陽祭第1の山場、文化祭2日目です。
昼間は事前予約1900名を超えるお客様に来ていただき大盛況でした。
今は(午後4時50分)はちょうど中夜祭が始まったところです。
歌ったり踊ったりサイリウムを振ったり、盛り上がった去年よりもさらにパリピ感1.2倍くらいな感じですね(個人の感想です)。
翔陽祭はさらに来週の体育祭へと続きます。
10/31 翔陽祭始まる。
いよいよ翔陽祭がはじまりました。
今日は文化祭の1日目、校内+お隣「かけはし特別支援学校」さんへの公開です。
私も校内をざっと回ってきましたが、その結果、今日の私の昼食は、文化祭メニューになりました。
明日は一般公開です。午前中雨が残らないか、ちょっと心配ですが、いい文化祭になるといいなと思います。
10/30 秋深し & 文化祭今昔
秋が深まってきました。そろそろクローゼットからコートを引っ張り出そうかなという感じです。昨日の夕方も、空気が澄んで夕雲がとてもきれいでした。
昨日から始まった文化祭の準備は、今日が2日目です。三部制の本校も文化祭の期間中は一斉登校になり、生徒会活動や部活動などでは、日頃顔を会す機会の少ないⅠ部~Ⅲ部の生徒たちが力を合わせて取り組みます。
文化祭は高校生活を象徴するイベントとして、昔からマンガやアニメ、小説など様々な作品のモチーフになってきました。
古い話で恐縮ですが、1984年公開の「うる星やつら2ビューティフルドリーマー」(押井守監督)というアニメ映画では、文化祭準備の喧騒と狂騒が終わらない(終わりたくない)夢として描かれていましたし、先日このブログに登場した谷川流「涼宮ハルヒ」シリーズでも文化祭は一つの山場です。米澤穂信の「古典部シリーズ」でも、第1作の「氷菓」、第2作の「愚者のエンドロール」はともに文化祭にまつわるお話です。
ただし、この辺りの作品のクリエイターは年齢的に私の前後の年代(一番年長の押井守さんが1951年、一番若い米澤穂信さんが1978年生まれ)の人たちなので、とても共感できるものがあるのですが、これが21世紀生まれの今の生徒たちに響くかどうかはわかりません。上記の作品群に描かれたような狂おしいまでの文化祭への情熱が今の生徒たちにあるでしょうか。
せっかくの文化祭ですから、生徒たちにとって一生の思い出になってほしいと思います。
10/29 いつの間にかに…
今日から本校は「翔陽祭」の準備です。10月31日(金)・11月1日(土)に文化祭、11月5日(水)に体育祭が開かれます。観覧には事前予約(締め切り済み)が必要なので、予約していない方にはもうしわけありません。
今日は朝から、教室の飾りつけをしていたり、楽器の練習の音が聞こえてきたり、だんだんお祭りムードが高まってきました。
それにしても「季節的に遅くない?」と思った方もいるかもしれません。しかし去年も書いたと思うのですが、他校でよくある9月初めの文化祭は早すぎます。熱中症や食中毒の恐れがあったり、まだ日が長い時期なので後夜祭も真昼間だったり、デメリットが多すぎます。翔陽祭の中夜祭は、やっているうちにとっぷりと暮れてきていい感じです。
さて、そんな文化祭準備のかたわら、今日は学校献血もありました。私も少しは世の中の役に立とうと会場へいったのですが、なんと今回が献血50回目とのことで記念品をいただきました。
頻繁に献血ルームに行っていた時期もあれば、2・3年も間が空いてしまった時もありますが、ちりもつもれば何とやら、いつの間にかに50回になっていました。
振り返れば、50回すべてが400mm献血で達成までに40年くらいかかっています。70回でまた記念品や有功章がもらえるらしいのですが、献血ができるのは69歳までなので、年3回しかできない400mm献血ではとどきません。200㎜や成分献血なら回数が稼げますが、記念品目あてというのもちょっとはばかられますね。