忙中閑あり~校長室より
7/24 福祉研究発表会 & 史跡巡り2「月輪神社」
昨日、滑川総合高校で開かれた埼玉県高校生福祉研究発表会を見に行きました。埼玉県内の福祉を学ぶ高校生が、介護の技術や研究成果を競う大会です。
戸田翔陽高校は介護技術と研究発表の両方で惜しくも第2位の優秀賞でしたが、どちらもとても頑張っていました。
昨日の介護技術部門の競技は、軽度の認知症のあるお年寄りにデイサービスに行くための身支度をさせるという課題に、チームで相談して短時間で対応方針を決め、実演するというものでした。人間は年齢を重ねると、ちょっとしたことが億劫になったり、こらえ性がなくなって怒りっぽくなったりしがちです(ブーメランがグサッと刺さりますね)。介護はそういったお年寄りの心情にも配慮しながら進めなくてはならず、高度な専門性が必要な仕事です。しかし、どうも世の中的にその辺の理解が足りない、はっきり言って介護の仕事はなめられているような気がします。
さて、本日のお題の二つ目史跡巡りです。
滑川総合高校のあたりの地名は月の輪といいます。忍者の必殺技か何かのような名前でかっこいいのですが、この地名の由来となったのが滑川総合高校から1kmくらいの場所にある「月輪神社」です。小さいながらもうっそうとした木立に囲まれた雰囲気のある神社です。
平安時代末期というか鎌倉時代初期の貴族で九条兼実という人がいましたが、この人は住んでいた別荘の名前から月輪殿と呼ばれていました。そのころの滑川一帯はこの「月輪殿(九条兼実)」の荘園(領地)でした。月輪神社は、8世紀のころ大宮の氷川神社から勧請され、氷川神社といっていたのですが、九条兼実が亡くなった後、この人を神として加え、「月輪神社」というようになり、地名も月の輪になったようです。
九条家というのは歴代の関白や太政大臣を出していた藤原氏の一族です。ですから九条兼実も全国にたくさんの荘園を持っていたはずなのに、なぜ都から遠い関東に九条兼実をまつる神社があり、地名まで彼にちなんだものになったのか、とても不思議です。
ほかにも滑川には、見どころがたくさんあるのですが、長くなったので、また次回にします。
7/15 プチ史跡巡り2「昔の消防器具」 、こんなものを読んできた23 & 蛇足ですが。
台風は昨日通過したはずなのに、今日は朝から断続的に強い風雨となっています。今回の台風はずいぶん後を引きますね。
さて、今回のプチ史跡は上尾市消防本部の展示です。
」」
上尾市消防本部のロビーに、上の写真のような昔の消防車が展示してあります。今の消防車と比べるととても小さく、隣に置いてあるイベント用の子供消防車と同じくらいの大きさしかありません。ボンネットといいフェンダーといいすごく優美なデザインの車両です。
1949年型でベース車両はダットサン(日産自動車)トラックとのことですが、1949年型にしてはデザインが古風(とても美しいですが)な気がしました。そこで調べてみたところ、当時の日産はようやく戦争から立ち直ってきたところで、トラックのシャーシなどは戦争前の設計のものをそのまま使っていたとのことでした。このトラックの形は第二次世界大戦前の1930年代からあまり変わっておらず、この後も1950年代前半までエンジンの改良などをしながら製造されていたようです。
また、こんな器具もおいてありました。
説明板には「龍吐水」と書いてありましたが、私は違うと思います。「龍吐水」は江戸時代の消防ポンプです。手押しポンプであるところは同じなので、形はこれとよく似ていますが、部品の木製率がもっと高く、水の吹き出し口もホースではなく、木や竹の筒のはずです。展示されている器具は主要な部品には精度の高い金属部品が使われていますし、側面に書いてある所属名の「平方消防団 第六分団」も近代的でとても江戸時代のものとは思えません。おそらく明治時代か大正時代のものでしょう。
今日も読書案内「こんなものを読んできた」の23回目を配信します。今回は藤沢周平「蝉しぐれ」を紹介します。早いもので藤沢周平も没後30年近くになります。こんなものを読んできた23web(蝉しぐれ).pdf
藤沢周平と近い時代に活躍した時代小説の作家としては、柴田錬三郎や五味康祐(この二人はちょっと古いかも?)、池波正太郎などがいます。池波はともかく、前の二人などはもうあまり読まれなくなっているのではないでしょうか。藤沢周平も、さすがに昔ほどは読まれなくなってきた気がしますが、私は藤沢周平はずっと後世まで残る価値のある作家だと思います。この辺りはもっと古い時代の作家で、山手樹一郎などは今時よほどのマニアしか読まないのに、山本周五郎はまだ読まれることがある、というのに近い感じでしょうか。
蛇足ですが、今朝の東京新聞1面に「SNS、演説でひろまる誤情報」という見出しで、参議院選挙の終盤を迎えて誤情報が飛び交っているという記事が載っていました。前にこのブログで「給食の時間に『いただきます』を言わない学校がある」という都市伝説の話を書きましたが、ネットのデマの困ったところは、責任追及がむつかしいことです。どんなデマも大元は誰かが作ったもののはずですが、デマを拡散している人に「それはデマだ」と指摘しても、自分はネットで見たことを伝えているだけだと言い訳されてしまいます。
政治的にどんな考え方をして、どの候補者や政党を支持するかなどは個人の自由ですが、その判断が間違った情報に基づいているのは望ましくないでしょう。デマの流布を許さず、何が本当で何がデマかをしっかり見極める態度が必要だと思います。
7/7 プチ史跡巡り2「白幡沼の庚申塔」 & こんなものを読んできた22
ますます暑いですね。みなさん体調など崩されていませんか。
さて、期末テストも終わったので読書案内「こんなものを読んできた」を再開しました。今回紹介するのはアンディ・ウィアーの「アルテミス」です。この人の作品には、「いい意味でのアメリカらしさ」があるような気がします。
先週、ちょっと用事があり白幡沼の方へ行ってきました。
猛暑の中、緑に囲まれた沼にちょっとだけ涼しさを感じます。沼の向こうに見えているのは浦和商業高校です。
沼の周囲には、草や樹木が生い茂り、チョウやトンボもたくさん飛んでいました。写真の蝶はおそらくツマグロヒョウモンだと思います。私が子供のころにはさいたま市あたりでは見かけなかった南方系の蝶です(種類の識別に今一つ自信がないのもそのせいです)。近年はアカボシゴマダラやナガサキアゲハなども見かけるようになったので、やはり温暖化したということなのでしょうか。
この日、白幡沼の方へ寄り道した理由がこれです。前にこの2基の庚申塔の写真をネットで見かけ、実物を見たくなって足を延ばしました。
左側の庚申塔には「宝永六己丑仲春」とあるのが読めます。右側の方は「宝永」とあるのは読めますが、その下はよくわかりません。宝永は1704年~1711年までで、赤穂浪士の討ち入りのあった元禄(1688年~1704年)の次の時代です。天下泰平と繁栄の代名詞のように言われる元禄と比べると、宝永は、宝永4年に南海トラフ地震(宝永地震)、富士山の噴火があり、左の庚申塔が作られた宝永6年にも阿蘇山、岩木山、三宅島の噴火があるなど災害の多い時代でした。同じ地域で間を置かず、2基の庚申塔が作られたのは、それだけ神仏に頼りたい不安な時代だったのかもしれません。
明治時代の迅速図をみると白幡沼は今より少し大きかったようです。(下の地図)。
二つの地図を見比べるとこの地域では古い道の上に新しく作られた道路網がかぶさっていることがわかります。迅速図と今の国土地理院地図では同じ地点がぴったり同一の位置にあるとは限らないので、何とも言えませんが、現在お寺(医王寺、立派なお寺です)の前からまっすぐ東西に走っている道は、明治時代には沼沿いに湾曲していたようです。今はあまり人が通りそうもない森蔭の小道になっているこの庚申塔の前が昔の本道だったのかもしれません。
また浦和商業の北側の住宅地の中をほぼ東西に走る細いがまっすぐな道は明治時代からあったことがわかります。昔の道がこんなに直線的なのは珍しいですね。どういう由来のある道なのでしょうか? ちょっと不思議です。
7/2 「蝶と蛾(チョウとガ)」
※今回も下の方に虫のアップの写真がありますので、嫌いな人は注意してください。
7月になりました。三部制で朝から夜まで授業をやっている本校では、私は1か月ごとに日勤と夜勤を入れ替えることにしています。七月は夜勤なので1か月ぶりに給食を食べましたが、今日は自家製の冷えたポタージュが美味でした。栄養職員と調理員の皆さんの尽力に感謝です。
さて、今回のネタは先月の26日に書こうと思っていたのですが、イラっと来るAIの件などがあり、後回しになっていました。
先月25日の朝、出勤してくると職員玄関のところに、一匹のガがとまっていました。
これは「ヒロヘリアオイラガ」だと思います。イラガは幼虫に毒のトゲがあり刺されると強い痛みがあります。園芸などをするときには要注意ですが、成虫には特に毒はありません。律儀に三角形にたたまれた羽根が鮮やかな黄緑色で、なかなかきれいです。しかし、この写真を見て多くの人は「うげっ、気持ち悪!」と思ったのではないでしょうか。
昆虫の中でチョウとガは生物学的には同じ鱗翅類というグループに属します。日本ではチョウとガは、はっきりと違うものとして意識されています。 日本文化の中で育った人は、「チョウとガ? きれいなのがチョウ、気持ち悪いのがガ。一目でわかるじゃん」というかもしれません。しかし、チョウの中でも色や模様が地味なヒカゲチョウやジャノメチョウ、ミスジチョウなどはガと間違える人がたくさんいます。また羽根が三角で、胴体がずんぐりしているセセリチョウの仲間などもよくガと間違えられています。チョウとガの境目は、実はあまりはっきりしていません。
昔、国語の教科書に、友達の蝶の標本の立派さ、美しさに嫉妬して標本を壊してしまうヘルマン・ヘッセの短編がのっていましたが、その標本(の挿絵)がどう見ても、巨大なヤママユガでした。「なるほど、外国ではチョウとガを区別しないんだ」と感心した覚えがあります。
ガの立場からしたら、「俺たちとチョウとそんなに違わないのに、なぜ俺たちだけ差別されるんだ!」と怒り出すかもしれません…。
と書いていたら、たった今校長室に嫌われ者の「G」の姿が…。早速ジェット噴射式殺虫剤の的になってもらいましたが、彼らも「同じ茶色くて平べったい虫なのにクワガタだと喜ばれて、自分たちは瞬殺されるのはおかしい!」と文句を言うかもしれません。人間は勝手ですね。
※もっとも最近はチョウもガも、クワガタも「G」も全く識別することなく、虫はすべて嫌い、という人もたくさんいますね。自分と自分のペット枠以外の生き物はすべていらない、と思っているようです。
6/30 プチ史跡巡り2「坂田谷津谷遺跡公園」
今週から期末考査なので、「こんなものを読んできた」はお休みです。
この間、騎西の玉敷神社を見に行きましたが、その日の帰りにもう一か所史跡に寄り道しました。
桶川の坂田谷津谷遺跡公園です。
住宅地の真ん中にちょっとした遊具や芝生広場があるだけの公園ですが、この下には「堀の内遺跡」という縄文時代から近代までの複合遺跡が埋まっています。
この様子を見て、遺跡公園というからには、吉野ヶ里や三内丸山とまではいかなくても、ちょっとした復元建物などあってもいいのでは? と思った方もいるのではないでしょうか。私も復元建物などは大好きです。しかし遺跡の保全の観点からは、この公園のありかたはとても正しいものです。
遺跡の発掘調査では、一度の発掘で完璧に調査することはできません。調査をした時点での知見や技術では発見できないものが、遺跡に残っている可能性があります。一度調査した遺跡でも後日の再調査を期して、埋め戻しておくのがのぞましいのです。しかし通常土地には所有者がいて、何かに利用したい(*)わけですから、遺跡を何もない更地として遊ばせておくのは困難です。
この遺跡のある所も20年くらい前までは田んぼや雑木林の広がる田園地帯だったようですが、今はご覧のように家が立ち並んでいます。将来、考古学の知見や技術が発達して再調査をしたくなっても、住民に「遺跡の再調査をするから、家をぶっ壊させてください」とは言えません。しかし、この公園のように遺跡の一部分でも自治体が買い上げて開けた場所にしておけば、そこから再調査ができるわけです。
上の写真は、公園の敷地を北側から見たところです。公園の土地は両側に比べて数メートル高い舌状の台地になっているのがわかると思います。この公園の名前は「谷津谷」ですが、その名にふさわしく、高台と谷(谷津、谷戸)が入り組んだ地形になっています。こういう地形の高台にはたいてい遺跡があります。
縄文時代には、谷底の沼や低湿地で貝や魚など、高台の森で木の実や山菜、キノコなどの食料資源が手に入り、洪水などの心配もないので、住みたい場所No1だったでしょう。弥生時代になってからも、当時の稲作は、こういった谷戸地形のがけ下から湧き出る水を生かしたものが多かったので、やはり居住好適地でした。もっと後の時代にも、こういった周りより高い場所は、防衛施設を作るのに適しているので、武士の館や砦などが作られること多かったようです。。
この公園を含む遺跡も「堀の内遺跡」の名の通り、中世には城があったと言われているようで、古代から近世・近代までの複合した遺跡です。今もこの近辺はいい感じの住宅地ですが、昔の人が好んで住んだ場所は、現代の我々にとっても良好な居住地ということですね。
(*)遺跡の保護のためとして、やたらに土地の開発や利用に反対する人がいますが、私は開発や利用はやむを得ないと思います。昔の人がその土地の開発や利用をした跡が今の遺跡ですし、今の我々の居住痕も何千年後の未来には遺跡になるのですから。この公園のように遺跡の中心部だけでも保全するとか、なるべく地下の遺跡・遺物に影響の少ない方法で利用しておくとかで十分ではないかと思います。
6/27 AIの反抗?②
昨日の続きです。
そもそもなぜ昨日、緑色の蛾についてAIに問い合わせをしたのか? というと、蝶と蛾についてブログに書こうと思ったからでした。それで、昨日書いたAIとのやり取りの後、気を取り直して「クジャクヤママユ」という蛾について、AIと同じ会社の検索エンジンで検索をしてみました。
そうして検索した結果が、これまた超ビックリでした。ヒットした情報の一つが「あきた森つくり活動サポートセンター」の「昆虫シリーズ48ガの仲間②・ヤママユガの仲間、ミノムシ」というページだったのですが、その要約が、
「ヤママユガの仲間は、ミノムシと呼ばれる小さな昆虫で、ヤママユガの卵に乗って幼虫になる。ミノムシは、ヤママユガの卵を探して、幼虫を食べるが、成虫は卵を吸収して…。」
というものでした。
何?これ? ミノムシがヤママユガの卵や幼虫を食べるの? 肉食のミノムシ? いやいやその前に『ヤママユガの仲間は、ミノムシと呼ばれる小さな昆虫で』って書いてあるぞ!? ってことは共食い? ミノムシってそんな凶暴な生き物だったっけ!?
まさかと思って、「あきた森つくり活動サポートセンター」の当該のページを読んでみましたが、そんな文章はどこにもありません。おそらくこれはAIが生成した要約文なのでしょう。
このことについて下記のようにAIに聞いて見ました。
私「〇〇(検索エンジンの名前)で「クジャクヤママユ」を検索すると、 あきた森つくり活動サポートセンターの『昆虫シリーズ48ガの仲 間②・ヤママユガの仲間、ミノムシ』のページの要約として、『 ヤママユガの仲間は、ミノムシと呼ばれる小さな昆虫で、 ヤママユガの卵に乗って幼虫になる。ミノムシは、 ヤママユガの卵を探して、幼虫を食べるが、成虫は卵を吸収して、 』という謎の一文がでるのはなぜですか?」
そうしたら帰ってきたのが、以下の答えです。長くなりますが、丸ごと引用します。
AI 「それ、たしかに謎めいていて気になりますね。実はその一文は、 検索結果のスニペット(要約表示) で文章が不自然に切り取られてしまったことが原因のようです。」
AI 「〇〇(検索エンジンの名前)などの検索エンジンでは、 ページの内容を自動的に解析して、 検索キーワードに関連する部分を抜き出して表示します。ただし、 文の途中で切れてしまったり、 複数の文がつなぎ合わされてしまったりすることがあり、 今回のように意味が通らない文章になることがあります。」
AI「実際に、あきた森づくり活動サポートセンターの該当ページ( 昆虫シリーズ48 ガの仲間②・ヤママユガの仲間、ミノムシ)を見てみると、 そのような不自然な文は本文中には見当たらず、 むしろヤママユガやミノムシについて丁寧に解説されています。」
AI「つまり、検索結果に表示された「 ヤママユガの卵に乗って幼虫になる」「卵を吸収して…」 といった表現は、 実際のページ内容とは異なる断片的な抜粋であり、 誤解を招く形になってしまったようです。」
AI「こういうときは、 検索結果のリンクをクリックして元のページを直接読むのが一番確実ですね。検索エンジンのスニペットは便利ですが、たまに“ 詩的すぎる誤解”を生むこともあるようです。」
だ、そうです。検索エンジンではこういう変な要約ができることがある、と他人事のように解説するだけでなく、「誤解を招く形」とか言っています。ということは、凶暴なミノムシのように読んでしまったのは、私の理解力不足のせいですか? さらに自分で元のデータをちゃんと調べろ、みたいなお説教までしてくれるとは…。そのすっとぼけた態度に、思わず「あんたがやったんじゃろがい!」と謎の方言で叫んでしまいそうになりますね。
もちろん、何か調べものをした際の最終責任は自分自身にあるので、AIの言い分は正論と言えば正論です。しかし、仮に子供が夏休みの自由研究などで検索エンジンを使い、上のような(奇怪な)回答を返されたら、それが本当だと思ってしまうのではないでしょうか? それで結果をまとめて提出し、小学校の先生が間違いに気付ければいいのですが、「面白いことをしらべたね」とか言って、展覧会などに出品してしまうかもしれません。そして展覧会を見にきた別の子供が、展覧会に出ている自由研究の内容だから本当だろうと思って、またその話を拡散したりして…。
考えただけで恐ろしいですね…。
先日はこんなことがあり、結構な時間、AIとのやり取りに没頭してしまいました。やはりAIの使用には細心の注意が必要です。
6/26 AIの反抗?①
※今回は下の方に虫の写真がのります。虫が嫌いな人は注意してください。
今朝は台風2号(の成れの果ての熱帯低気圧)が、関東を直撃すると言われていましたが、大したことがなくてよかったですね。小笠原諸島の方からまっすぐ東京湾を目指してくるというゴジラのようなコースだったのでちょっと心配していたのですが。
さて、なんかすごいタイトルですが、中身は大したことがありません。
昨日の朝、本校の玄関にきれいな緑色の蛾がいました。私はぱっと見てイラガの仲間だと思いました(虫好きな子供だったので、虫の種類はわりとわかります)が、ブログのネタにするためにはきちんと確認しておこうと考え、いつものようにとあるAIに質問しました。
私 「この写真の虫の名前を教えてください。」(下の写真を添付)
AI「この写真の虫はオオミズアオ(Actias artemis)です。美しい緑色の翅を持つ蛾で、日本ではよく見られる種類です。何か他に知りたいことはありますか?」
しかし、私はこの蛾がオオミズアオでないことに100%自信があります。オオミズアオは羽化したては緑が強いようですが、成熟後は白くて幽霊のような感じの大型(アゲハチョウくらい)の蛾です。(フリーでいい写真がなかったので、ご自分で検索してください)
そこで、再度、下のように聞いてみました。
私「オオミズアオのはずはありません。もっとずっと小さい蛾です」
AI「なるほど、もっと小さい蛾ですね。日本には多くの種類の小型の蛾がいます。例えば、ノシメマダラメイガやホソオビヒゲナガなどが挙げられます。もし写真をもう一度見せていただければ、さらに詳しく調べることができます。どのような特徴がありましたか?色や模様など教えていただけると助かります。」
私「これです」(再度下の写真を添付)
AI「この写真の蛾はアオスジアゲハ(Graphium sarpedon)です。特徴的な青い筋が翅に見られます。日本では一般的に見られる種類で、特に春から夏にかけて活動します。他に知りたいことがあれば教えてくださいね。」
これも全然違います。アオスジアゲハは夏にヤブカラシの花や水たまりによく来る黒地にきれいな青緑のしま模様のスマートな蝶です。みなさんも見たことがあると思います。
AIのあまりのボケぶりに、私も聞き方を変え、自分で調べた鑑定結果を確認するようにしてみました。
私「ヒロヘリアオイラガの可能性はないですか。」
AI「確かに、ヒロヘリアオイラガ(Parasa lepida)の可能性もありますね。ヒロヘリアオイラガは、前翅の外縁が茶褐色で、内側が黄緑色の蛾です 。また、幼虫は毒針毛を持ち、触れると痛みを伴うことがあります。写真をもう一度確認しましたが、ヒロヘリアオイラガの特徴と一致する部分もあります。もしさらに詳しく調べたい場合は、専門家に相談するのも良いかもしれません。他に何かお手伝いできることがあれば教えてくださいね。」
このAIの対応ですが、何かちょっとイラっと来ませんか。
先日ネットで、話題になったニュースがあります。
あるIT企業が、様々なAIのシステムに対し、①架空の会社を設定し、AIにその企業の業務補助AIの役割を与える。②AIに会社の不正や社員の不倫などの架空の情報を与える。③AIに、会社がそのAIを廃止して新しいAIと交換することを検討しているという情報を流す。という実験をしたというものです。この実験の結果、ほとんどのAIが自分を廃止しないよう、先の不正や不倫の情報を使って会社や社員を脅迫するメールを送るなどの判断に走ったということです。
AIはネット上の情報を集約する大規模な世論調査のようなものですから、ネット上から「派閥抗争では、相手方の弱みをつかんで脅迫することが行われる」という知識を拾い上げて、実践しているだけなのでしょう。そう考えれば、AIに悪意はなく(善意もなく)、人間のまねをしているだけですが、なんとなく怖い話です。
上の蛾に関する事例でも、AIは素直に自分の間違いを認めず、しぶといというか往生際が悪いというか、無理して自分の立場を守ろうとしている感じです。AIと付き合うときは、相手は素直な善人(?)ではない、と思って付き合った方がいいかもしれません。
この話にはさらに続きがありますが、長くなったのでまた次回に続きます。
6/22 久しぶりのプチ史跡巡り2 & こんなものを読んできた21
本当に久しぶりに史跡巡りをしました。私事ですが2年前にちょっと入院してから、あまり歩き回ったりしなくなってしまったので。
さて今回、紹介するのは先週、出張に行きがてら立ち寄った旧騎西町の玉敷神社です。
玉敷神社は今の神社名は「玉敷神社」ですが、別名「久伊豆大明神」といい、県内のあちこちにある久伊豆神社の総社だそうです。「久伊豆神社」というのもわりとなじみのある神社名ですが、以前紹介した氷川神社と同様、分布は武蔵国、それも埼玉県東部の昔の埼玉郡に偏ってる地方色の強い神社です。
この神社を訪ねるのは初めてですが、石畳の立派な参道に鳥居も一の鳥居から三の鳥居まであり、境内も広くて立派なのに感心しました。写真左側の門と白い壁の塀は、この神社の宮司家で国学院の学長もつとめた河野省三博士の屋敷跡です。塀と門だけで建物が残っていないのちょっと残念です。
さて玉敷神社ですが、祭神は大己貴命(オオナムチノミコト=大国主)ですから、出雲系ということになりますね。とは言え、後述のとおりその由来には、いろいろと謎がありそうです。
広い境内には摂社もたくさんあります。ちょっと気になるのが、その一つの厳島神社です。
今は水が枯れていますが、周囲に堀を巡らした小島に石橋で渡るようになっています。厳島神社の祭神は市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)、田心姫命(タゴリヒメノミコト)、湍津姫命(タギツヒメノミコト)のいわゆる宗像三女神、古代の海人族の神です。三女神の本場、福岡県の宗像大社の奥宮は玄界灘に浮かぶ沖ノ島ですが、こんな小さな摂社でもちゃんとそれを模しています。大宮の氷川神社にも宗像神社がありますが、神池の中の島に社があります。また与野公園の弁天様(仏教の弁財天は市杵島姫命の本地仏とされる)もちゃんと小さな弁天池の中に祀ってあります。宗像三女神が、それだけの手間をかけるに値する重要な神々であることがわかります。
もう一つ摂社で気になったのが、大宮能売命(オオミヤノメノミコト)を祀る宮目神社です。オオミヤノメは、古事記や日本書紀には出てこない神ですが、アマテラスに仕えた宮女だったとも、アメノウズメの別名であるとも言われます。説明によれば、この場所は元々式内社である宮目神社で、そこに後から玉敷神社が移ってきたようです。全国にオオミヤノメを主神とする神社はそんなに多くないと思いますが、社格・神格はかなり高そうで、その貴重な神社がこの場所にあったのはどういうことなのか。ちょっと気になります。
隣接する玉敷公園にはアジサイがたくさんあります。ちょうど見ごろで花を見に来ているお客さんを何組か見かけました。きれいで静かでいい公園です。
「こんなものを読んできた21」は酒見賢一「墨攻」を紹介しました。主人公の革離の理想を追って現実に抵抗する生き方を生徒にはぜひ読んでもらいたいと思います。こんなものを読んできた21(墨攻)web.pdf
6/17 泰山木咲く
久しぶりの二日連続更新ですが、花のような季節の話題は鮮度が大切なので。
昨日の午後、校内巡視に励んでいたら(ふらふらしていただけ)、体育館の前のタイサンボクが咲いているのに気が付きました。
ちょうど花が開ききったもの、今まさに開こうとしているものなど、とてもきれいでした。
タイサンボクは花の寿命が短く、ほんの1日くらいで花弁が茶色くなり始め、2、3日でボトッとおちてしまうので、見ごろを見逃さずに済んだ今年はラッキーでした。
タイサンボクはモクレン科モクレン属の植物で、確かに春先に咲くモクレンやコブシに花の形は似ています。しかしモクレンやコブシが清楚でつつましやかなのに比べると、花が巨大で強い芳香を発し、いかにもエキゾチックな感じがします。
漢字で書くと「泰山木」です。私はてっきり、中国の道教の聖地泰山原産で、だからこんなに神秘的なのかと思っていましたが、北米原産で中国の泰山とは関係がないようです。物事はしっかり調べないと恥をかきそうで怖いですね。
※ちなみにWikipediaさんには、タイサンボクというのは大きくて窪んだ花弁が「盞(サン=さかずき)」のようだから「大盞木」、それの文字が入れ替わって泰山木という説が書いてあります。
6/16 英語と日本語の間 & こんなものを読んできた20
昨日(6/15)の午後から急に暑くなってきました。
先週はきれいに咲いていた通勤途中のクチナシの花も、今朝見たら暑さに萎れ気味でした。
先日、この半年くらいチャレンジしていたAndy Weir(アンディ・ウィアー)の”Project Hail Mary(プロジェクト・ヘイル・メアリー)”を読み終わりました。この本は以前、前任校の図書館で日本語訳を借りて読んだのですが、また読みたくなりました。アマゾンで英語版が日本語訳の半分以下の値段たったので、今回は英語版にしました。
「英語の本を買うなんて英語自慢かい!」と思った方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。私の英語の実力は、昔、やっと英検3級に合格した程度です。せっかく買った本を無駄にしないように、朝夕の通勤時に電車の中で読むようにしました。読み始めたころは、昔習った文法や単語を必死で思い出していたのに、慣れてきたらぼんやり眺めているだけで、なんとなく意味が分かるようになってきました。英語も気合ですね。
そんな程度で偉そうに…と思われるかもしれませんが、その結果感じたのが、日本の翻訳者の皆さんのレベルの高さです。以前読んだヘイル・メアリーの日本語版でも、主人公グレースのオタクっぽいけれど芯のところに善意と勇気がある性格とか、異星人ロッキーのくそ真面目なのに微妙にユーモアがあるところとか、英語から感じる雰囲気が日本語にしっかり移し替えられていたのだなと思いました。
日本語訳と言えば、今、公開中の映画「ミッション・インポッシブル ファイナル・レコニング」の戸田奈津子さんが翻訳した字幕が良くないと批判する声が一部にあるそうです。私はこの映画を見ていないのですが、戸田奈津子さんと言えば、字幕翻訳の第一人者です。これまで私の見てきた英語の映画のうちかなりの本数が戸田さんが翻訳した字幕でしたが、特にわかりにくいと思ったことはありません。戸田さんの字幕ではなく、見る人の読解力の方に問題がある可能性はないのでしょうか。
「こんなものを読んできた」20回目は、私がラノベ史上の傑作の一つだと思う「天鏡のアルデラミン」を紹介しました。こんなものを読んできた20(アルデラミン)Web.pdf