校長室ブログ

忙中閑あり~校長室より

4/2 新年度始まる & 寝苦しい夜は(続)

 昨日から新年度が始まりました。新着任者を迎え、今年度もますます元気な戸田翔陽高校でありたいと思います。

 春休みも後半戦、桜がちょうど見ごろを迎えていますが、連日の雨で花見はちょっとやりにくい感じですね。

 この春休み中に生徒会の皆さんと取り組んでいる本校のマスコット「パレットちゃん」の製作は快調です。近日中にお披露目できると思います。

 さて、先日の続きですが、前回取り上げた問題の続きとして「元の長方形のタテ・ヨコを求めなさい。」というのを考えたらどうか、と書きました。それについて考えてみます。

 元の長方形を区切った縦3列の内、一番横幅の小さい左側の列の幅をxとすると、真ん中の列は、x+2.5、右側の列はx+3と書けます。同じように横3行のうち、一番高さの小さい下の行の高さをyとすると、真ん中の行はy+1、上の列はy+3と書けます。

 外周は55㎝とわかっているので、55=2(x+x+2.5+x+3)+2(y+y+1+y+3)という式ができます。

 この式を整理して6=x+yとなります。要するにxとyは足して6になればいい(ただし0よりは大きい)ということなので、縦横はこの範囲内で変化し、一つの形に決まりません。

 一つの形に決まらないことが分かったところでさらに問いを追加して、元の大きな長方形の面積の最大を求めよ、みたいな問題を作ることもできますね。

 しかしここまでくると寝ながら暗算とはいかなくなって、起き上がって紙で計算をはじめたりするので、寝付けない時に数学パズルでも、という本来の狙いからは完全にずれてきてしまうのですが…。

 

3/31 年度の終わり & 寝苦しい夜は…

 今日で令和7年度も終わりです。今日を最後に退職したり転任したりする方がおり、寂しいですが、明日からはまた新年度が始まります。気を取り直して頑張らなくては。

 春休みに生徒会の諸君が本校のマスコット「パレットちゃん」の立体像を作るというので技術顧問をしています。微妙なユルさをどう表現できるのかが、ポイントですね。

 さて、「春眠暁を覚えず」といいますが、私の場合、花粉症もあり春は寝つきが悪く眠りも浅くつらい季節です。某社の運動や睡眠状態の記録が取れるスマートウォッチを使っているのですが、それによるとほぼ毎日、「睡眠の質=悪い。短く回復効果のない睡眠」と診断されています。

 そんな寝つきの悪い時は、なるべく仕事のことを考えずに、数学パズルなどを考えるようにしているのですが、ここのところ気に入っているのが、最近、電車の中の日能研の広告に載っていた栄東中学校の問題です。

 (画像ではなく文字での説明にしますが、日能研や栄東中の方で著作権的に問題があるとお考えなら、ご連絡ください。私の意図は、いい問題なので広く紹介しようということなのですが…)

 たしか、長方形を井桁型に9つに区切り、区切られた長方形一つ一つの外周の長さが、

  18  23  24

  14  19  20

  12  17  18

のようになっているとき、この長方形の外周の長さを求めなさい、というような問題でした。

私の答えは55cmです。(多分あってるでしょう)。どう考えたかというと、

①9つの長方形の外周を合計すると165cmです。

②この165cmには何が含まれているのか? ということを考えます。まず元の大きな長方形の外周が1回分含まれます。次は長方形を区切る井桁型の線です。井桁のタテ・ヨコは外周のタテ・ヨコと同じですが、9つの長方形の外周を合計すると、隣り合う長方形との境は2回数えていることになるので、井桁型の線は2回分数えていることになります。

③上の②から165cmは外周1回分+井桁2回(=外周2回)です。165cmを3で割って55cmとなります。

 熟練の小学生(?)なら、ぱっと解き方が思いつくのかもしれませんが、中学・高校の数学を知っていると逆に難しく考えてしまいそうです。

 さてここで上の問題に、(2)として「元の長方形のタテ・ヨコを求めなさい。」を付け加えたらどうでしょう。「外周が分かっているのなら簡単なのでは」と思うかもしれませんが、私が考えが正しければ、これは不可能な(答えがない)問題です。

 この問題についての私の考えは、次回以降に述べますが、こんなことを考えているから余計寝られないのかもしれません。

3/25 修了式、「すごいぞ!ATM」 & こんなものを読んできた43

 昨日は年次(他校の学年みたいなもの)の終わりの修了式でした。今日から生徒は春休みに入っています。修了式では、世界ではまた戦争が起きているが、我々は身近なところから争いをなくしていきたいということと、習慣化することは苦手の克服に有効だ、と言う話をしました。修了式校長講話.pdf

 さて、2番目の「すごいぞ!ATM」です。先週、私は帰宅途中の某コンビニでお金を下ろした際に、ATMから現金を取り忘れるという失敗をしてしまいました。自宅に帰ってから気が付いたのですが、「もう、ダメだろう」と思ってしょんぼりしてしまいました。

 

 しかし、どうしても現金が必要だったので気を取り直して、翌日、下ろしに行ったところ、残高が私の予測より多くなっています。「あれっ」と思って計算してみると、昨日、ATMに置き忘れた金額が口座に戻っていたようです。そんなことが起こるのか!? と思って調べてみたら、某コンビニにおいてあるATMには、一定時間、現金が取られないでいると、それを回収して元の口座に戻す機能が付いているとのことです。「すごい!なんて行き届いた親切な機械なんだ!」 と感心してしまいました。(試してやろう、とするのは危険なのでやめてください。)

 親切な機械、といえば、最近のAIはすごく人の機嫌を取るのが上手ですね。何か質問をすると「素晴らしい着眼点です!」とか、「実にいい質問ですね」とか、まず誉め言葉が返ってきます。世の中には、これがうれしくて一日中、AIとチャットしている人がいるとかの話も聞きます。

 最近、人と人の関係は、ネットの揚げ足取りや中傷誹謗が横行し、困っている人がいても「自己責任」で切りすてる殺伐としたものになっているのに、機械の方は人に優しいとは不思議なものです。

 おまけの「こんなものを読んできた」第43回は、今村翔吾「イクサガミ」です。昔からある時代小説にラノベのスピード感を加えたような、なかなかいい作品です。こんなものを読んできた43web.pdf

 

 

 

3/16 卒業式 & 天変地異? &「こんなもの」42

 先週は卒業式がありました。3年次、4年次あわせて173名が、戸田翔陽高校から巣立っていきました。

 式辞では、今ではあまり歌われなくなった「仰げば尊し」の歌を引いて、卒業した皆さんが力強く生きていけるよう祈念しました。R7卒業式式辞.pdf

 さて、この週末もいい天気でしたが、土曜日(3月14日)のお昼ごろ、私の住んでいる上尾近辺では、一時空が黒ずんで、太陽の光がオレンジ色に暗くなるという現象が起きました。また空から、黒いふわふわした灰のようなものが降ってきて、車の屋根に付着する(下の写真)という現象も起こりました。私の家族が「なにこれ!?」と驚いていましたし、道を歩いている人たちにも、これに気付いて空を見上げている人が沢山いました。。

 

 そのちょっと前、午前10時半ころに私が、国道17号の歩道橋を通った際、南の東京方面は良く晴れているのに、北の群馬・栃木方面の空に黒っぽい靄が見え、「なんだろう?」と思っていたのですが、どうやら、それが上尾の上空まで来たようです。

 私は一時期、鹿児島に住んでいたことがあるので、「この現象は桜島の噴火に似ているな」と思いました。しかし降ってきた灰は、鉱物質の火山灰ではなく、植物か鳥の羽のように繊維質でふわふわした感じです。「どこかで山火事でもあったんじゃないか?」と考えたのですが、家族は「何で山火事?、火山爆発? もしかしてミサイルでも落ちた?」と騒いでいます。私の経験によれば火山爆発ではかなり遠くまで爆音や空震が伝わるはずですし、経験はないですが(当たり前ですが)、ミサイルの着弾でも爆音が遠くまで届いたり、空高く爆煙が上がると思うので、私は「火山でもミサイルでもないと思う」と言いました。ちょうどお昼時だったので、ニュースになっていないかと思って、テレビをつけてみましたが、何も言っていません。それでも家族は、「パニックにならないよう情報を抑えているのかも」と陰謀論じみたことまで言い出していました。

 結局、この日はよくわからず、翌日(15日)になって、ネット上で群馬・栃木・埼玉県境の渡良瀬遊水地で大規模な野焼きをした灰が風に乗って飛ばされたという記事を見つけたので、一応納得できました。しかし、某国による度々の弾道ミサイル実験や最近の自然災害の多さを考えると、人々が不安になる気持ちはわかります。皆さんの住んでいる地域では、どうでしたか?

 おまけの「こんなものを読んできた」第42回は、タイトルを「こんなものを読んで…ません」と一部変更してお送りします。何でタイトルを変えたのか、については本文をお読みください。

 こんなものを読んできた42(ミネルヴァ計画)web.pdf

 

 

 

 

 

 

3/6 合格発表 & こんなものを読んできた41

 今日は埼玉県公立高校の入学者選抜の合格者発表でした。今はインターネットによる発表になったので、合格者発表と言っても、合格した人が書類を取りに来るだけの静かなものになりました。

 「こんなものを読んできた」41回は王城夕紀「マレ・サカチのたった一つの贈り物」を紹介しています。インターネットが現在以上に影響力を持ち、資本主義経済が破綻しかかっている近未来の世界を舞台にした抒情感あふれる作品です。

こんなものを読んできた41(マレ・サカチ)web.pdf

 インターネットの発達には目覚ましいものがありますが、近年はそれが誹謗中傷や事実無根のデマの流布に使われ、メリットを覆い隠すほどのデメリットが目立ってきている気がします。

 

2/25 光の春 &「こんなものを読んできた」40回

 入学者選抜前日なので手短に。

 今日は朝から雨ですが、この前の三連休は、「光の春」という言葉がぴったりの天気でした。あちらこちらで梅の花が咲きほころび、よい匂いを漂わせていました。

 

 本校も含め明日、明後日は埼玉県公立高校の入学者選抜です。受検生の皆さんは全力を出し切ることだけ考えて挑んでください。私はキリスト教徒ではありませんが、聖書の中の「あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。」という言葉が好きです。まずは、その日、その時に全力を出し切ることが大切だと思います。

 もう春です。様々な別れや新しい出会いのある季節です。前向きな気持ちで行きましょう。

 「こんなものを読んできた」は、2月になると読み返してしまう、北村薫の「鷺と雪」です。北村薫の直木賞受賞作品ですが、代表作の「ベッキーさんシリーズ」の最後を飾るにふさわしい、余韻のある作品です。こんなものを読んできた40(鷺と雪)web.pdf

 

 

 

2/3 経験値 & こんなものを読んできた39・39.5

 朝の冷え込みはあい変わらずですが、日差しは力強くなってきました。

 さて、先日、「福祉」の実習授業に招待されました。教員がデイサービスなどの利用者の役をして、生徒の皆さんが介護職員の役を務めるという実戦形式の授業で手浴やマッサージをしてもらいました。

 その実習の内容として「利用者に話かけて打ち解ける」というのもあるようで、私についた生徒の皆さんが、いろいろと話しかけてくれます。「好きな食べ物は何ですか」とか「好きな色は何ですか」とか…。

 その中で「何か最近ハマっているものはありますか」というのがあって、そこで私は一瞬フリーズしてしまいました。毎週見ているドラマとか、休みの日にやっている趣味、というのはあるのですが、「ハマっている」というほど夢中になっているものがないことに気が付いたからです。

 若いころは毎週見ているドラマやアニメなどを見損なったりしたら、ものすごく悔しがりましたし、睡眠時間を削って模型を作ったりしたものです。しかし最近はそんなパワーがありません。テレビなどはネットの見逃し配信があるというのもありますが、作りかけの模型を半月くらいほったらかし、とか、ランニングでも目標タイムや目標距離を達成するためガンガン追い込むという気力がでなくて途中でやめるとか、とにかく熱量がたりません。

 これにはもしかするとこれまでに積み重ねてきた「経験値」が関係しているのかもしれません。ドラマとか小説とかでは「同じような話が前にもあったな」とか、模型作りでは「この場合、こんな塗装方法があったな」という感じで、よく言えば落ち着いて対処できるように、悪く言えば感動が減っているように思います。

 これは子猫にねこじゃらしを見せると夢中になって飛びついてくるのに、老猫になるとチロっと見るだけだったり、ほんのお愛想程度に前足を伸ばしておしまいだったり、全然乗ってきてくれないのと似ています。人生を楽しむには、もう少し心の若返りをしないとだめですね。

 次に「こんなものを読んできた」第39回・第39.5回は、日本最古の書物「古事記」です。(長くなったので2回分に分けました。)

  こんなものを読んできた39web.pdf

  こんなものを読んできた39.5web.pdf

 私が小学生のころ、近所に新しい本屋さんができて、開店セールで古本の安売りをやっていたことがありました。その時、まとめ買いしてきた中の一冊が、大学のテキストに使うような注釈付きの「古事記」でした。当時の私は活字の印刷されたものは何でも読むくらい読書好きだったので、古典文法など全く知らないのに闇雲に読んでしまいました。

   この本は建国の神話を扱っているため左右両翼(最近は何が左で何が右かよくわかりませんが。)から、政治的に批判されたり利用されたりしてきました。しかし、そんなこととは関係なくとても面白い本です。特に建国の英雄時代を描いた中つ巻は、すごく面白いので、読んだことのない方にはぜひ読んでみることをお勧めします。 

1/19 完全数の悪夢 & こんなものを読んできた38

  超私事で恐縮ですが、以前このブログで悪夢を見ることが多いと書いたように、今朝も妙な夢を見てしまい、朝起きた時からなんか疲れた感じでした。

 今日見た夢がどんなものだったか、というと「『奇数の完全数はない』ことを証明する方法を閃いてしまい、一生懸命計算しているのだが、できそうでできない。」というものです。

 まず、完全数というのは何かと言いますと、「自分自身を除く約数の合計が自分自身になる数」です。具体的には、

6=1+2+3

28=1+2+4+7+14

のような数です。 

 この定義は、そんなに難しいものには見えませんが、28の次は496、その次は8128、さらにその次は33,550,336と、「○○数」と呼ばれるものの中でも出現頻度が低いものです。

 この完全数については、まず、それが無限にあるかどうかも証明されていませんし、いままでに分かっている完全数は、全部偶数(2で割り切れる)で、奇数(2で割り切れない)の完全数が存在するのかしないのかも分かっていません。

 小学校で習うような足し算と掛け算だけで出来上がっている完全数ですが、上のようなこともいまだに謎なわけです。それをもし証明できたら、フィールズ賞やアーベル賞(数学の世界のノーベル賞みたいな賞)も取れるかもしれません。(フィールズ賞は若手だけ)

 その証明を閃めいてしまうというのは、それだけなら良い夢なのでしょうが、そのための計算を延々と続けているのは悪夢としか言いようがありません。そもそも高校の時に数学で赤点すれすれだった(その割には数学は好き)私が、完全数の証明などできるわけはなく、実際、目が覚めてから、夢の中の計算過程をなるべく思い出して、じっくり考えてみたら、すぐに間違いだとわかり全然ダメでした。いや、疲れました。

 「こんなものを読んできた」38回目は宮部みゆきの名作「蒲生邸事件」です。昭和初期の2.26事件を舞台にした時間旅行SFミステリーという盛沢山な趣向の作品ですが、2月が近づいてくると読み返したくなります。

こんなものを読んできた38(蒲生邸事件)WEB.pdf

※上記の文中で2.26事件の発生年を間違えていたので、差し替えました。

 

 

 

 

1/13 新しい四半世紀 & プチ史跡2(上尾駅近くの2つの神社)

  先週から今週にかけて、朝夕が氷点下の冷え込みが続いていますが、みなさんお元気でしょうか。

 前に、地球温暖化の影響で北極や南極の氷が溶けて冷たい水が流れ出ると海水温が下がり冬は寒くなる、という話を聞きましたが、本当かもしれません。

 先週は8日(木)に始業式があり、本校でも3学期が始まりましたが、始業式では前回このブログでも書いたように、21世紀の新たな四半世紀が始まるにあたり、「21世紀最初の四半世紀はあまり良い時代だったとは言えなかった。これからの21世紀を生徒の皆さんの世代でより良いものにしてほしい」という話をしました。

 令和8年3学期始業式.pdf

 今回のプチ史跡2では、前回の「初もうでシリーズ」の続きではありませんが、私の地元上尾駅周辺の2つの神社を紹介します。

 戸田翔陽高校のブログなのだから、戸田の史跡を紹介すればよいと思われる方もいるかもしれませんが、本校を含めた現在の戸田市の中心的な市街地のある場所は、江戸時代にはほぼ水田地帯でした。そのためか本校から気軽に行ける範囲には神社等はあまりありません。現在では戸田市の西の端になる美女木やその北側のさいたま市内谷周辺の方が古くから開けた土地だったらしく、寺や神社がたくさんあります。

 と言い訳をした後、本題に戻ります。一つ目は今年最初のブログでも出てきた氷川鍬神社です。上尾駅の南側、丸広SCのすぐ隣にあります。この神社については、前任校のブログでも書いた(氷川鍬神社について(与野高校ブログ).pdf)のですが、多少付け加えたいことがあるので、再論します。

 

 

 この神社はもともとは鍬神を祭る「鍬太神宮」でした。その由来としては、寛永8年の末に北の桶川の方から、鍬神の御神体の入った櫃を引いた童子が歌い踊りながらやってきた。童子たちは上尾宿の本陣前に台車を残して消えたので、上尾宿の人々は御神体を祭る神社を建てた、というものです。

 この話は中部東海地方に多い鍬神信仰と同じ話です。鍬神信仰は、伊勢神宮別宮の伊雑宮のお田植祭りで使われた鍬を神体にして、これを村から村へリレーのように歌い踊りながら送っていくというものです。宗教的な熱狂が突発的に発生して地域一体に拡散する現象なので、地域を統治する大名や幕府から治安を脅かすものとして危険視されることもあったようですが、今でも愛知県や岐阜県などには、これに由来する「鍬神社」がたくさんあります。

 「なるほど、これが上尾まで広がったのね」と納得できればそれで終わりなのですが、そうはいかないところがあります。中部・東海地方で先述の「鍬神信仰」が最も盛んだったとされるのは、明和年間(18世紀後半)で、各地の「御鍬神社」もこのころにできたようです。ところが上尾に鍬神の櫃がやってきたのは寛永年間(17世紀前半)とされていて、100年以上早いのです。このこと自体は、鍬神信仰が実は非常に息が長く、繰り返しブームになっていたのだと考えることもできますが、だとしても、本場の中部・東海地方よりも早く、鍬神をまつる神社が上尾にできたことになります。また、なぜ中部・東海からはるか離れた上尾に鍬神をまつる神社ができたのか、とか、鍬神信仰の広がりは中部東海を超えて、関東にまで及んでいたのだろうか、いろいろな謎があるわけです。

 もう一つは、上尾駅の北側、線路沿いの道を少し行ったところにある小さな社「胡桃下稲荷」です。飲食店の多い繁華街に商売繁盛の神として五穀豊穣の神である稲荷社があるのは珍しくありませんが、ここの稲荷はよく見かける伏見稲荷や豊川稲荷ではなく、笠間稲荷(茨城県笠間市)の末社です。

 この本社の笠間稲荷が実はなかなか不思議な神社なのです(上尾胡桃下稲荷について(与野高校ブログ).pdf)。上尾駅の近くにこういう二つの面白い神社があるというところが、私としてはなかなか気に入っています。

 

 

 

 

 

1/7 「こんなもの読んできた」36・37 & プチ史跡2(鳩ケ谷探訪

 生徒の皆さんは、明日から3学期ですよ。忘れずに学校に来てください。

 まず、「こんなものを読んできた」は年末・年始に生徒に配信した36回と37回をまとめて掲載します。

こんなものを読んできた36(誰が勇者を殺したか)web.pdf

こんなものを読んできた37(航宙軍士官)web.pdf

 さて次は「プチ史跡2」ですが、正月2日に親戚のいる鳩ケ谷方面に行ってきたので、その探訪記です。

 鳩ケ谷は今は川口市の一部ですが、昔は日光御成道の宿場として栄えた独自のアイデンティティーを持った街です。戦前に一度川口市と合併しましたが、戦後にまた分離して周囲を川口市に囲まれた状態で存続し、平成の大合併でまた川口市と合併したという沿革を持っています。

 まずは、鳩ケ谷の総鎮守氷川神社から。

 この神社は応永元(1394)年(室町時代)に創建されたそうですが、社殿も参道も立派で、当日は初もうで客が一ノ鳥居のところから行列をする賑わいでした。氷川神社は埼玉から東京にかけては、たくさんあるのにそれ以外の地区ではほとんど見られません。前にも書きましたが、氷川神社のこのローカル性は、本来、地域限定のローカルな神様を祭る神社だったからだと思います。現在の主神スサノオノミコトは、武蔵国造として出雲系の一族がやってきた後の後付けでしょう。

 次は、鳩ケ谷の本通り(御成道)にある十一屋北西酒店です。

 宿場町の商家の造りをそのまま残す店舗と蔵は国の登録有形文化財になっています。しかし、今回取り上げたのはそれだけが理由ではありません。

 私の地元上尾には、清酒「文楽」の蔵元がありますが、その文楽を作っているのが北西酒造、販売部門が十一屋です。上尾の北西酒造と鳩ケ谷の北西酒店はつまり親戚同士というわけです。鳩ケ谷の十一屋さんは、明治時代に店を構えて今のご主人は4代目とのことです。上尾の北西酒造とはずいぶん前に枝分かれしたことになりますが、いまだに縁がつながっていて、この店で売られている「純米吟醸 鳩ケ谷宿」や「純米吟醸 御成姫」は上尾の文楽の協力で出来上がったそうです。

 さらに元をただせば、北西酒造さんの一族は近江から来たようですが、埼玉県の各地の蔵元にはご先祖が近江商人だったというところがたくさんあります。秩父の「秩父錦」の矢尾酒造さんもそうですし、毛呂山の「琵琶のさゞ波」の麻原酒造さんも近江出身です。

 いまや、技術的・経済的にすっかり立ち遅れた感のある今の日本ですが、立ち直るきっかけは、こういう日本独自の家業や縁を大切にする風土にあるかもしれない、と思うのですが。

 最後は、鳩ケ谷の本町から南に下った八幡木地区の八幡神社です。八幡神社があるので八幡木、なのでしょうが、この辺りは昔は中居村と言っていた所です。こちらは、氷川神社とは違い初もうでの人もおらず静かでしたが、この神社の本殿は側面に施された浮彫が見事です。 三面、全部写真に撮ったので掲載します。

 八幡神社は、京都の岩清水八幡宮や鎌倉の鶴岡八幡宮のように、歴代の源氏が尊崇した神社なので、浮彫も源氏ゆかりの「鎌倉繁盛」といわれる組み物の図柄が多いようです。ここの浮彫も一番上が「鶴の放生」、中が「天狗と源義経」、下が「源為朝の土人退治(ポリコレ的にまずそうな表現ですが、ここはそのままで)」で「鎌倉繁盛」のようです。

 躍動感のある素晴らしい作品です。作られた当時は彩色されていたはずなので(日光東照宮や妻沼の聖天山のように)さらに見事だったろうと思います。

 これは全く何の根拠もありませんが、上尾の向山不動堂や二ツ宮氷川神社の浮彫と作風が似ている気がします。向山不動堂の方は明治に作られ、山田弥吉という職人さんの作品だということがわかっています。

 神社の本堂には、こういう浮彫が施されていることが多く(はがされてただの板壁になっているところもありますが)、それを見て歩くのもなかなか楽しいものです。