校長室ブログ

忙中閑あり~校長室より

3/6 合格発表 & こんなものを読んできた41

 今日は埼玉県公立高校の入学者選抜の合格者発表でした。今はインターネットによる発表になったので、合格者発表と言っても、合格した人が書類を取りに来るだけの静かなものになりました。

 「こんなものを読んできた」41回は王城夕紀「マレ・サカチのたった一つの贈り物」を紹介しています。インターネットが現在以上に影響力を持ち、資本主義経済が破綻しかかっている近未来の世界を舞台にした抒情感あふれる作品です。

こんなものを読んできた41(マレ・サカチ)web.pdf

 インターネットの発達には目覚ましいものがありますが、近年はそれが誹謗中傷や事実無根のデマの流布に使われ、メリットを覆い隠すほどのデメリットが目立ってきている気がします。

 

2/25 光の春 &「こんなものを読んできた」40回

 入学者選抜前日なので手短に。

 今日は朝から雨ですが、この前の三連休は、「光の春」という言葉がぴったりの天気でした。あちらこちらで梅の花が咲きほころび、よい匂いを漂わせていました。

 

 本校も含め明日、明後日は埼玉県公立高校の入学者選抜です。受検生の皆さんは全力を出し切ることだけ考えて挑んでください。私はキリスト教徒ではありませんが、聖書の中の「あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。」という言葉が好きです。まずは、その日、その時に全力を出し切ることが大切だと思います。

 もう春です。様々な別れや新しい出会いのある季節です。前向きな気持ちで行きましょう。

 「こんなものを読んできた」は、2月になると読み返してしまう、北村薫の「鷺と雪」です。北村薫の直木賞受賞作品ですが、代表作の「ベッキーさんシリーズ」の最後を飾るにふさわしい、余韻のある作品です。こんなものを読んできた40(鷺と雪)web.pdf

 

 

 

2/3 経験値 & こんなものを読んできた39・39.5

 朝の冷え込みはあい変わらずですが、日差しは力強くなってきました。

 さて、先日、「福祉」の実習授業に招待されました。教員がデイサービスなどの利用者の役をして、生徒の皆さんが介護職員の役を務めるという実戦形式の授業で手浴やマッサージをしてもらいました。

 その実習の内容として「利用者に話かけて打ち解ける」というのもあるようで、私についた生徒の皆さんが、いろいろと話しかけてくれます。「好きな食べ物は何ですか」とか「好きな色は何ですか」とか…。

 その中で「何か最近ハマっているものはありますか」というのがあって、そこで私は一瞬フリーズしてしまいました。毎週見ているドラマとか、休みの日にやっている趣味、というのはあるのですが、「ハマっている」というほど夢中になっているものがないことに気が付いたからです。

 若いころは毎週見ているドラマやアニメなどを見損なったりしたら、ものすごく悔しがりましたし、睡眠時間を削って模型を作ったりしたものです。しかし最近はそんなパワーがありません。テレビなどはネットの見逃し配信があるというのもありますが、作りかけの模型を半月くらいほったらかし、とか、ランニングでも目標タイムや目標距離を達成するためガンガン追い込むという気力がでなくて途中でやめるとか、とにかく熱量がたりません。

 これにはもしかするとこれまでに積み重ねてきた「経験値」が関係しているのかもしれません。ドラマとか小説とかでは「同じような話が前にもあったな」とか、模型作りでは「この場合、こんな塗装方法があったな」という感じで、よく言えば落ち着いて対処できるように、悪く言えば感動が減っているように思います。

 これは子猫にねこじゃらしを見せると夢中になって飛びついてくるのに、老猫になるとチロっと見るだけだったり、ほんのお愛想程度に前足を伸ばしておしまいだったり、全然乗ってきてくれないのと似ています。人生を楽しむには、もう少し心の若返りをしないとだめですね。

 次に「こんなものを読んできた」第39回・第39.5回は、日本最古の書物「古事記」です。(長くなったので2回分に分けました。)

  こんなものを読んできた39web.pdf

  こんなものを読んできた39.5web.pdf

 私が小学生のころ、近所に新しい本屋さんができて、開店セールで古本の安売りをやっていたことがありました。その時、まとめ買いしてきた中の一冊が、大学のテキストに使うような注釈付きの「古事記」でした。当時の私は活字の印刷されたものは何でも読むくらい読書好きだったので、古典文法など全く知らないのに闇雲に読んでしまいました。

   この本は建国の神話を扱っているため左右両翼(最近は何が左で何が右かよくわかりませんが。)から、政治的に批判されたり利用されたりしてきました。しかし、そんなこととは関係なくとても面白い本です。特に建国の英雄時代を描いた中つ巻は、すごく面白いので、読んだことのない方にはぜひ読んでみることをお勧めします。 

1/19 完全数の悪夢 & こんなものを読んできた38

  超私事で恐縮ですが、以前このブログで悪夢を見ることが多いと書いたように、今朝も妙な夢を見てしまい、朝起きた時からなんか疲れた感じでした。

 今日見た夢がどんなものだったか、というと「『奇数の完全数はない』ことを証明する方法を閃いてしまい、一生懸命計算しているのだが、できそうでできない。」というものです。

 まず、完全数というのは何かと言いますと、「自分自身を除く約数の合計が自分自身になる数」です。具体的には、

6=1+2+3

28=1+2+4+7+14

のような数です。 

 この定義は、そんなに難しいものには見えませんが、28の次は496、その次は8128、さらにその次は33,550,336と、「○○数」と呼ばれるものの中でも出現頻度が低いものです。

 この完全数については、まず、それが無限にあるかどうかも証明されていませんし、いままでに分かっている完全数は、全部偶数(2で割り切れる)で、奇数(2で割り切れない)の完全数が存在するのかしないのかも分かっていません。

 小学校で習うような足し算と掛け算だけで出来上がっている完全数ですが、上のようなこともいまだに謎なわけです。それをもし証明できたら、フィールズ賞やアーベル賞(数学の世界のノーベル賞みたいな賞)も取れるかもしれません。(フィールズ賞は若手だけ)

 その証明を閃めいてしまうというのは、それだけなら良い夢なのでしょうが、そのための計算を延々と続けているのは悪夢としか言いようがありません。そもそも高校の時に数学で赤点すれすれだった(その割には数学は好き)私が、完全数の証明などできるわけはなく、実際、目が覚めてから、夢の中の計算過程をなるべく思い出して、じっくり考えてみたら、すぐに間違いだとわかり全然ダメでした。いや、疲れました。

 「こんなものを読んできた」38回目は宮部みゆきの名作「蒲生邸事件」です。昭和初期の2.26事件を舞台にした時間旅行SFミステリーという盛沢山な趣向の作品ですが、2月が近づいてくると読み返したくなります。

こんなものを読んできた38(蒲生邸事件)WEB.pdf

※上記の文中で2.26事件の発生年を間違えていたので、差し替えました。

 

 

 

 

1/13 新しい四半世紀 & プチ史跡2(上尾駅近くの2つの神社)

  先週から今週にかけて、朝夕が氷点下の冷え込みが続いていますが、みなさんお元気でしょうか。

 前に、地球温暖化の影響で北極や南極の氷が溶けて冷たい水が流れ出ると海水温が下がり冬は寒くなる、という話を聞きましたが、本当かもしれません。

 先週は8日(木)に始業式があり、本校でも3学期が始まりましたが、始業式では前回このブログでも書いたように、21世紀の新たな四半世紀が始まるにあたり、「21世紀最初の四半世紀はあまり良い時代だったとは言えなかった。これからの21世紀を生徒の皆さんの世代でより良いものにしてほしい」という話をしました。

 令和8年3学期始業式.pdf

 今回のプチ史跡2では、前回の「初もうでシリーズ」の続きではありませんが、私の地元上尾駅周辺の2つの神社を紹介します。

 戸田翔陽高校のブログなのだから、戸田の史跡を紹介すればよいと思われる方もいるかもしれませんが、本校を含めた現在の戸田市の中心的な市街地のある場所は、江戸時代にはほぼ水田地帯でした。そのためか本校から気軽に行ける範囲には神社等はあまりありません。現在では戸田市の西の端になる美女木やその北側のさいたま市内谷周辺の方が古くから開けた土地だったらしく、寺や神社がたくさんあります。

 と言い訳をした後、本題に戻ります。一つ目は今年最初のブログでも出てきた氷川鍬神社です。上尾駅の南側、丸広SCのすぐ隣にあります。この神社については、前任校のブログでも書いた(氷川鍬神社について(与野高校ブログ).pdf)のですが、多少付け加えたいことがあるので、再論します。

 

 

 この神社はもともとは鍬神を祭る「鍬太神宮」でした。その由来としては、寛永8年の末に北の桶川の方から、鍬神の御神体の入った櫃を引いた童子が歌い踊りながらやってきた。童子たちは上尾宿の本陣前に台車を残して消えたので、上尾宿の人々は御神体を祭る神社を建てた、というものです。

 この話は中部東海地方に多い鍬神信仰と同じ話です。鍬神信仰は、伊勢神宮別宮の伊雑宮のお田植祭りで使われた鍬を神体にして、これを村から村へリレーのように歌い踊りながら送っていくというものです。宗教的な熱狂が突発的に発生して地域一体に拡散する現象なので、地域を統治する大名や幕府から治安を脅かすものとして危険視されることもあったようですが、今でも愛知県や岐阜県などには、これに由来する「鍬神社」がたくさんあります。

 「なるほど、これが上尾まで広がったのね」と納得できればそれで終わりなのですが、そうはいかないところがあります。中部・東海地方で先述の「鍬神信仰」が最も盛んだったとされるのは、明和年間(18世紀後半)で、各地の「御鍬神社」もこのころにできたようです。ところが上尾に鍬神の櫃がやってきたのは寛永年間(17世紀前半)とされていて、100年以上早いのです。このこと自体は、鍬神信仰が実は非常に息が長く、繰り返しブームになっていたのだと考えることもできますが、だとしても、本場の中部・東海地方よりも早く、鍬神をまつる神社が上尾にできたことになります。また、なぜ中部・東海からはるか離れた上尾に鍬神をまつる神社ができたのか、とか、鍬神信仰の広がりは中部東海を超えて、関東にまで及んでいたのだろうか、いろいろな謎があるわけです。

 もう一つは、上尾駅の北側、線路沿いの道を少し行ったところにある小さな社「胡桃下稲荷」です。飲食店の多い繁華街に商売繁盛の神として五穀豊穣の神である稲荷社があるのは珍しくありませんが、ここの稲荷はよく見かける伏見稲荷や豊川稲荷ではなく、笠間稲荷(茨城県笠間市)の末社です。

 この本社の笠間稲荷が実はなかなか不思議な神社なのです(上尾胡桃下稲荷について(与野高校ブログ).pdf)。上尾駅の近くにこういう二つの面白い神社があるというところが、私としてはなかなか気に入っています。